5
美紀は手にした紙をベットに寝転んで見上げながら、思わず笑みを浮かべた。
部屋の窓は厚いカーテンを締め切り、陽を最大限に締め出した暗がりになっていたが、今日はその中
にいても憂鬱にはならなかった。
美紀が手にしているのは裕樹から数日前に届いた指示書と題した手紙だった。
※ 極秘
〈指示書〉
持ち物
飲み物(水かお茶と推奨 ジュースは小学生じゃないからアカンで!)
花火 (あったらでいいよ)
虫刺されての薬 (蚊がいそうなところ行くからさ。さて、どこでしょう?(笑)
タオル (もしもに備えて何枚かね)
おやつ (300円までな)
俺の秘密の場所に案内しましょう。
結構は8月11日 夜中の3時にいつもの場所でな。
手紙なんて貰ったのは、いつ以来なのだろう?
しかも男の子から手紙をもらうのは初めてのことだった。
それにしても、いちいちつく注釈や、添えられた手書きのイラストがおもしろかった。
裕樹はこれをどんな顔をして書いていたのだろう。
なんとなく机を前に背中を丸めてチマチマと書いている姿が想像され、それだけでもおもしろかった。
でも、それ以上に美紀にとって嬉しかったのは、こんな指示書を作ってしまうほど、裕樹が夜の小旅
行を楽しみにしてくれていることだった。
美紀にただ同情して一肌脱いでやるという発想なのかと思っていたのだ。でも、どうやら、純粋に美
紀と出かけることを楽しみにしてくれているようだ。
初めて人の心の奥に入り込めた、真綿に包まれたような安心感に、美紀は手紙を胸に抱きしめると目
を閉じた。
小旅行の結構は数十時間後に迫っていた。
6
「よう!」
待ち合わせの川のほとりにできた花畑のベンチに座っていた美紀に、裕樹が声をかけた。
いつものように自転車でやってきた裕樹だったが、自転車の荷台を部分を示すとパンパンと叩いた。
そこにはご丁寧に座布団が括り付けられていた。
「特等席をご用意しました」
「なにこれ?」
美紀は自転車の荷台の上に一緒に設置されている白い陶器状のものに目をつけた。
そして近くに寄って見てから、笑顔で裕樹を見上げた。
「蚊取り線香のブタさんだ」
「ちょこっと山側に入るから、蚊よけにな」
「相変わらず用意いいね」
「お、そうだ。虫除けとか塗ってきたか?」
ううんと頭を横にふる美紀に、「ダメだな〜」とお兄さんのように腕組みして見下ろした裕樹が、リ
ュックから何かを取り出した。
なにやら空いた薬ビンのような容器に、半透明な液が入っていた。
「美紀ちゃんは肌弱いんだろ? だから普通の虫除けとか肌に合わないかとおもって、母ちゃんが作っ
てる手作り虫除け持ってきました」
「手づくり?」
「うん。うちはいつもこれなの。じいちゃんは畑専門だけど、かあちゃんは庭で山ほどハーブとか育て
てるんだよ。そのハーブで作ってみたいだよ。なんて言ったっけ? えっと、レモンなんとかと、ロー
ズマギー?」
「レモンバームとローズマリー?」
「そうそう、それ!」
正解を出した美紀に、いい子いい子と裕樹が頭を撫でる。
「ほれ、好きなだけ塗りな」
「ありがとう」
手渡された瓶を開ければ、清々しい草原に似た匂いが立ち上る。
「いい匂い」
瓶を傾けハーブの匂いを漂わせるウォーターを手や足に塗ると、夜風に息を吹きかけれてひんやりと
気持ちがよかった。
「では、出発しますよ」
裕樹の合図で、美紀は荷台に乗ると、裕樹の背中に手を回した。
力を込めてペダルを漕ぎ出す裕樹。
裕樹の背中越しに見る街灯が、パチパチと瞬きを繰り返していた。
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