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 鬱蒼と繁った木の梢が、まるで二人に覆い被さろうとしているかのように手を伸ばしていた。
 暗い夜の山道はどこか邪悪な魔法に満ちていそうな雰囲気があった。
 車も通らなければ、人の気配もない。
 時折木の枝を揺すって飛び立つ鳥の鳴き声や、遠くでする犬の遠吠えは、かなり怖い雰囲気をかもし
出していた。
 だが怖いと感じさせないのは、裕樹の存在だった。
「か弱き姫を守る騎士として、力の限りに漕いでおります」
 長い坂道を苦労しながら自転車で登り続ける。
「騎士は普通、自転車じゃなくて馬だよ」
「現代の騎士は自転車なの!」
 汗で背中を濡らしながら、息を絶え絶えにする反論に、美紀が笑う。
「わたし降りて押そうか?」
 その提案に、裕樹が汗を飛び散らせながら頭を左右に勢いよく振る。
「ダメ。これは俺の試練なの。自転車旅行の試練その一。これを越えないと、レベルアップできないの」
 必死に立ち漕ぎする裕樹を、美紀は後ろから応援する。
「じゃあ、がんばらなきゃ。ほら、あとちょっとで、頂上みたいだよ」
 先に見えた星の瞬く夜空に、美紀が指さす。
「おう、最後のがんばりだーーーー!!」
 身を捩るようにして、フラフラと揺れる自転車を上へ上へと進めていく。
「がんばれ、がんばれ!」
 声援を送りつつ、美紀は次第に開けていく視界に目を見張った。
 星空だと思ったのは、下界に広がるイルミネーションだった。
 金の光が一面に広がり、キラキラと光を瞬かせている。
「裕樹くん、見て。キレイ!」
「うおおぉぉぉ!!」
 最後の力を振り絞って頂上に自転車を押し上げた裕樹が地面に足を下ろすと、大きく息をついた。
 そして目を上げて見た光景に、両手を突き上げて絶叫した。
「ひゃほーーーーーい!!」
 大きな叫びに美紀も一緒になって両手を突き上げた。
「やったぞーーー。がんばったわたしの騎士にご褒美」
 美紀は自転車の荷台から飛び降りると、顔中に汗を浮かべた裕樹を見つけた。
 そしてその頬にチュっと口づける。
「え?」
 突然のご褒美に、真顔になった裕樹が美紀を見つめた。
 だが次の瞬間には真っ赤になると、照れた顔で首に掛けたタオルで顔を覆った。
 勢いに任せてしてしまったキスに、美紀も急に照れくさくなって俯いた。
 だがタオルの中からした裕樹の声に、笑い声を上げた。
「大きなご褒美過ぎて、騎士様もびっくり」
 タオルから目だけを出すと、目があった美紀と声を上げて笑い合う。
「はい、水」
 美紀は自分の肩にかけたバックから水を差し出す。
「あ、ありがとう」
 ペットボトルに口をつけて飲み出した裕樹が、水を飲み干していく。
「ぷは〜、うまい」
「ビール飲んだおじさんみたい」
「いや、きっとビールよりこの水のがうまいね」
 美紀にペットボトルを返しながら、裕樹が道の先を指差した。
「この先に、小さいけど湖があるんだ。そんで、蛍がいっぱいいるの」
「へえ〜。そこが目的地」
「そ」
 頷く裕樹と自転車を押して歩き出す。
 時刻は午前4時だった。

   


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