「灼熱の太陽をこの手に掲げ」



23   むかしばなし
 むかし、むかし。あるところにとても貧しい家の娘がいました。  でもその娘は、誰もが一目その姿を見ただけで息をのむほどに美しい娘でした。  そのうえ、とても美しい心を持っていたのです。  彼女には、双子の兄がいました。とても暴れ者で、家の窓を破ったり、畑の柵を叩き割ってしまった りと、両親はいつもこの兄のことを厄介者だと困り果てていました。  そんな兄のことを、美しい妹はいつも慕って庇うのです。 「兄さんは、ふつうの人よりも元気に生まれただけ。きっと天使さまが悪戯でこの世界にお生まれにな ったのが兄さんなのよ。きっとそう。だって兄さんの髪は天使さまみたいに金色でサラサラ。それにと っても優しいのよ」  窓の外で両親の言いつけで柵を直す兄を見つめながら、美しい娘は言うのでした。  そんな双子の両親でしたが、あるとき流行病で二人がまだ幼いときに亡くなってしまったのです。  そして二人は孤児院に入ることになりました。  孤児院とは、親を亡くし誰も助けてくれる大人がいない子どもたちが生活するための場所です。だか らそこには親を亡くした子どもたちばかりがいるのです。  その孤児院の中でも、娘は飛びぬけて美しい子どもでした。そして兄は飛びぬけた悪戯ものでした。  そんなある日、孤児院に娘を迎えに来る人たちが現れました。 「美しい娘さん、あなたはとても美しく、心も誰よりも澄んだ小川のようです。ですから、神様があな たを花嫁に迎えたいと仰せであられます」  迎えに来たのは、教会のえらい人達でした。 「神様の花嫁?」 「はい。あなたのほかにも三人の娘が選ばれ、すでに結婚式へとむかう準備を整えています」  そう言って男の人は娘に選ばれた美しい娘だけが被ることを許される純白のバラの花冠を娘の頭にの せました。  するとどうでしょう。純白だったバラが燃え上がるように真紅へと色を変えたのです。 「これこそが神に選ばれた印」  それを見、そして聞いた娘は納得して孤児院から旅立っていきました。 「兄さん、わたしは神様の元へと行きます。でも、兄さんもきっと天使だからわたしと同じところへ行 けるはずです。だから、みんなに兄さんが天使だと分かるようにしていてね。そうすれば兄さんもきっ と選んでもらえるわ」  神様の神殿のある島へと向う船に乗り込む娘が、兄に言いました。  いつもはじっと妹の話など聞くことのなかった兄は、神妙な顔で俯くと頷くのでした。 「兄さん。神様の花嫁になるとね、すごくキレイな宝玉が与えられるんですって。わたしのは真っ赤な 太陽のような宝石。いつか兄さんにも見せてあげるわね」  娘は元気にそういうと、海へと旅立っていきました。  見送る人達の顔には、二度と会うことのできない娘たちを思って涙が流れていました。 「あの四人の娘たちは、わたしたちの幸せのために自分を犠牲にしてくれたのだ」  一人の人がいいました。  世界に溢れていた、双子の両親をも奪った恐ろしい病気。そして飢えや戦争をなくすために、四人の 娘が生贄にされるために旅立ったのです。  それを聞いた双子の兄は、それまで何も教えてくれなかった孤児院の人達に掴みかかって叫びました。 「ぼくの妹を返せ! 生贄になんて絶対にさせない。絶対に!」  少年は大人たちの腕をすり抜けると、海へと飛び込みました。  でも船はすでに遠くへと、何も知らない娘たちを乗せてゆっくりと進んでいきます。  海に浮んでそれを見送った少年は、悔しそうに海を叩きました。 それから彼は孤児院には戻りませんでした。  きっと妹を探すために、冒険家になったのに違いありません。  その後、その美しい娘たちと、妹を追った双子の兄がどうなったのかは誰も知りません。  でもきっとどこかで再会したに違いありません。  二人の天使となって。         
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