「灼熱の太陽をこの手に掲げ」



24  ジョリーへと引き継がれるもの
 むかしばなしによれば、四人の娘たちは神に捧げられた生贄。 「妹さんは生きているのですか?」  チェスナットの問いに、アンギナンドは感情を押し隠すように目をつむると頷く。 「生きてはいる。神は犠牲を望んだわけではない。自分を敬い、愛する存在を望んだだけだ。殺しはし ない」  そう言ったアンギナンドの顔に、何かに対する嘲弄ともいえる薄ら笑いが浮ぶ。 「あれが神といえるならな」  ぼそりと呟かれた言葉が空気の中に染み渡る。 「クロニアは俺に灼熱の太陽を持つ権利を移譲した。だがただ一時的にその権利が移っているだけだ。 真の灼熱の太陽を持つ権利を持つクロニアがこれから解かれるのは、死ぬときくらいかもしれない」  アンギアンドがそう言って木の箱の中の灼熱の太陽を見下ろす。その目が宿す感情は、至宝ともいえ る宝を見つめるものではなく、憎い敵を見下ろすようなものだった。 「クロニアはあの島でただ心臓を動かす人形として生きているだけだ。俺が解放してやらなければ」  アンギナンドから放たれるのは、最愛の妹を奪われた悲しみではなく、なさなければならない使命を 果たすことのできないもどかしさだった。  その姿はジョリーにもチャスナットにも、呪われた船の船長ではなくただ一人の家族を愛する男に見 えた。 「ぼくは何をすればいいのですか? 船長」  できることなら何でもしたいという気持ちの滲み出た声でジョリーが告げる。  呪いを解く使者だというのなら、何ができるのだろう。  ジョリーは姿も知らぬアンギナンドの妹を思い描いて、助けられるのなら手助けがしたいと本気で思 っていた。あの伝説のアンギナンドを助けるなどということが自分の身に起こるだけでも興奮ものだっ た。  それに、神様の花嫁に選ばれるほどの美しい娘が、人形にされて島の中に閉じ込められている姿など、 考えただけでかわいそうで仕方がなかった。  だがやる気に満ちているジョリーに対して、チェルナットは神妙な顔でアンギナンドを見上げていた。  呪いを解くことは、確かに聖なる島へ妹を助けに行くには必要なことなのだろう。  だが呪いでその若さを保っているアンギナンドは、呪いがとかれた瞬間にどうなるというのだろう。 一気に老いてしまうのだろうか? それとも、彼のすでに死している体は崩壊してしまうのだろうか?  それではどうやって妹を助けに死の海流に挑めると言うのか?  じっと見つめながら考え込むチェスナットに気付いたアンギナンドが、木箱を机の上の置くと微笑む。 「俺は大丈夫だよ。俺は死ぬことはない。たとえ呪いが解けたとしても。なぜなら俺にはこの灼熱の太 陽をかの島の神殿に戻すという使命が残っているからな」  それだけを言ってアンギナンドが二人に背を向けると言った。 「ではジョリーとチェスナット。俺の呪いを解くための手助けをしてくれるかな?」  アンギナンドの目がバイオレットと見つめあい、何かを伝えているのがチャスナットには分かった。 「もちろんだよ、船長!」  ジョリーが意気込んで叫ぶ。  それに嬉しそうに微笑んだアンギナンドが振り返る。  それと同時に動いたバイオレットに視線を向けていたチェスナットだったが、予想外のアンギナンド の動きに目を奪われた。  灼熱の太陽を覆っていた木箱を開けると、赤い光を零す宝玉を投げたのだ。ジョリーの手の中に向け て。 「あ」  ジョリーが声を上げる。  手は灼熱の太陽を落下から守ろうとして開かれる。  呪われる!  チェスナットがそう思った瞬間に、背後に周っていたシスターバイオレットがその口にツンとする匂 いを放つ薬品をしみこませた布で口と鼻を覆う。  まずいと思った時には体を自由に動かすことができなくなり、真っ直ぐ立っていることもできずに倒 れこむ。  腕の中に抱きとめたシスターバイオレットの胸に顔をうずめながら、チェスナットはアンギナンドの 声を聞いていた。 「この者に灼熱の太陽をもつ権利を移譲する」  一際強い赤い光が灼熱の太陽から放たれる。まるでそれは船も、船を留め置いているこの洞窟をも焼 き尽くすかと思うほどの強い光だった。目をつむっても脳内を焼くように光が体の中を嘗め尽くしてい く。  その光の中で、ジョリーとチェスナットは見ていた。  真っ白い長い髪をした美しい子どもが大理石でできた白い石の台座に横たわり、穏かに繰り返す呼吸 に胸を上下させていた。胸の下で組まれた白い手。それを握るもう一つの小さな手。クロニアともう一 人。アンギナンドではない、もう一つの手。  その手からクロニアの胸へと赤い光が流れ込む。それに呼応したように、クロニアの青白かった顔に 赤みが戻る。  小さな手の持ち主は何も語らない。顔も見えない。だが必死に訴えていることは分かった。  時間はあまり残されていない。クロニアを助けたいのなら、早く灼熱の太陽をここに。  妹を捕らわれから救おうとしたアンギナンド。だがそれが妹クロニアの命を危険に晒すことになろう とは。その事実はどれだけ彼を苦しめ続けてきたことか。  脳内の流れ込む圧倒するほどのヴィジョンに、ジョリーとチェスナットが苦鳴りの声を上げた。そし て許容量を越えたところで意識を失った。 「もう止められないわよ」  腕の中で脱力したチェスナットを抱き上げながら、シスターバイオレットが言った。 「ああ。俺にも止められない。あとは、この小僧がこの船にかかっている束縛を解き放ってくれること を祈るだけだ」  床に倒れたジョリーを見下ろしたアンギナンド言う。  眉をしかめたジョリーは、その手の中に灼熱の太陽をしっかりと握り締めていた。         
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