「灼熱の太陽をこの手に掲げ」



22  四つの秘宝
        世界の多くのトレジャーハンターが求め続けていた四つの秘宝。  灼熱の太陽。戦乙女の涙。王者の鉄槌。天使の心臓。 「このうちの二つを俺はこの手にした」  海図に背を預けるようにして語るアンギナンドが、当たり前のように語る。それがいかに困難の果て にあったのかを窺い知ることはできない耽耽とした語りだった。 「戦乙女の涙のことは図書館で読みました。今はホルゲン王国にあるんでしょ?」  暗い図書館の片隅で読んだ記憶を思い起こして言えば、アンギナンドが賢い生徒を喜びの目で見守る ように頷く。 「よく知ってるな、坊主。だが、それは世間一般に当り障りのない情報として与えられたものだ。真実 はもう少し別のところにある。当初戦乙女の涙は確かにホルゲン国王の手にあった。だが、この戦乙女 を含めた四つの秘宝には、持つものを選ぶという、えらく尊大な性質がありやがる。選ばれた者以外が 手にすると、それはたちどころに呪いとしてその身に不幸を招く」  そう言ってアンギナンドが自分の体を指し示す。  ついさっき切ったばかりの親指の傷はすっかりと痕もなく消えはて、ただ傷があったことを示すどす 黒い血の塊が親指を伝った痕が残っていた。 「あなたのその呪いも秘宝を手にしたため?」 「まぁ、似たようなもんだ」  チェスナットの問いに、微妙なはぐらかしを入れて答えたアンギナンドだったが、それに気付かない チェスナットではなかった。  だがそれについて追求する前に、隣りのジョリーが口を開く。 「じゃあ、船長。ホルゲン国王は選ばれた人間だったんですか?」  船長という呼びかけに、アンギナンドもチェスナットも反応して表情を変える。アンギナンドは久方 ぶりの呼び名に喜色を、チェスナットはジョリーの海賊志望を思い出した苦い顔を。 「ホルゲン国王は選ばれし人間ではなかった。だが、その美しさに魅了されてしまった。一日中戦乙女 の涙を眺め続け、政務にも日常生活にも関心を示さなくなった王は、必然的に体を病み、餓死へと向っ て突き進んだ。そして彼の死をもって秘宝は呪われた秘宝へと呼び名を変え、教会へと保管場所が変わ った」 「え? 教会に?」  再び現れた教会という符合にチェスナットが声を上げた。  チェスナットの目がアンギナンドから傍らに立つバイオレットへと移っていく。  教会はこの件に、呪われた秘宝やアンギナンドになぜ関わっているのか。それがチェスナットには分 からなかった。  聖なる場所であるはずの教会に、地獄の暗部にも似た黒さが靄のように横たわる。  それが恐ろしくて問いただしたい気持ちに歯止めを掛ける。 「じゃあ、四つの秘宝は全部教会が持ってるんですか?」  チェスナットの隣りのジョリーは、反して垣間見る海賊の世界の香りに興奮してイスから立ち上がら んばかりにしてアンギナンドに質問を投げかけている。 「いや、教会がいま持っているのは一つ。戦乙女の涙のみ」 「灼熱の太陽は?」  ジョリーの顔が期待に光り輝く。  それにアンギナンドはもったいぶった態度で笑って見せたが、壁に寄りかかったまま動こうとはしな かった。だが、その態度こそが、ここに灼熱の太陽があることを予感させた。 「教会は、なぜあなたからは灼熱の太陽を奪おうとしなかったのですか? 奪うどころか、こうして保 護している」  熱くなっていくジョリーに対し、チェスナットの声は冷静に鋭い切れ味のナイフのように核心へと迫 っていく。 「ホルゲンは戦乙女の涙を持つ資格がなかった。だから教会にそれを委譲される資格があった。だが、 灼熱の太陽は違う。俺にはそれを持つ資格があった。だから教会は手の出しようがない。手を出せば、 教会こそが呪われる」 「え?」  今までと矛盾するその言葉に、ジョリーとチェスナットの眉がしかめられる。  それを眺めながら、アンギナンドが海図の中心を手の平でドンと叩いた。  海図の中央、死の海流ファウーヤの上。そこにあった仕掛けが反転しその腹に抱えていた箱を吐き出 す。  鍵すら掛けられていない木の箱に、アンギナンドが手を伸ばす。  小さな箱だった。中に入っているものなど、子どもの握りこぶし程度のものに過ぎないだろう。  だがその箱が開けられた瞬間に、船室の中に真っ赤な光が溢れ出した。まさしくそれが灼熱の太陽だ と分かる、夜明けの曙光。あるいは一日の終わりに消え行く太陽の光で世界を真っ赤に照らし出す海に 沈む夕日。  四方に放たれた光がやがて収束して、目の前のアンギナンドの顔だけを照らし出し、やがて光をその 内に吸い戻す。 「久々に出してやったから、見ごたえがあったな」  アンギナンドが箱の中から灼熱の太陽を手の平に載せて、二人に見せる。  それは、銀細工のクラウンの中に閉じ込められた真っ赤な宝玉だった。内側に光のマグマを讃えて揺 らめく真紅の固まり。  それは確かにアンギナンドの手の上にあり、呪いよりも祝福を与えていることが分かった。溢れ出す 光はアンギアンドの手の中に吸収されていくからだ。 「だから俺は年を取らない。年老いることを禁じられている」  それが死を迎えた体になることだとしても。  あまりに美しい光に、ジョリーの手が灼熱の太陽に向って伸びる。  だがそれをアンギナンドが止めると、箱の中に灼熱の太陽をしまい込む。 「ジョリー、呪われたいの?」  厳しいチェスナットの声に我に返ったジョリーが、自分の失態に恥じて俯くと顔を赤くする。  自分が戦乙女の涙に魂を奪われて死んだホルゲン王と重なって見え、アンギナンドに適した男と同じ だなんて堪らないと自分を戒めるように、太ももに自分の爪を立てて歯を食いしばった。  それを隣りで見守りながら、チェスナットはあえて何も言わなかった。  今はそれよりも確かめなければならないことがある。 「あながは灼熱の太陽を持つ資格が自分にはあると仰る。なら、なぜあなたは呪われているのですか?」  矛盾している。宝玉に認められて祝福を得るということが呪いを受けるということにでもならない限 り、アンギナンドの存在が不可思議なものになってしまう。 「それにはわたしがお答えしましょう」  今まで沈黙を保っていたシスターバイオレットが言うと、アンギナンドも話の主導権を譲って話せと 促がす。 「彼には確かに灼熱の太陽を手にする資格があった。でも最初にその資格を手にしたのは、彼の双子の 妹であるクロニア。そのクロニアから権利を譲り受けた正統な宝玉の守護者であったからこそ、彼は呪 い殺されることはなかった。でも、聖なる神殿から持ち出すことを禁ずるという鉄則を破った。だから、 呪われた」 「元あった神殿に戻すまでは、死すことがないように永遠の定めとして体に刻まれた」  神殿。宝玉。そして神に捧げられた四人の乙女。  チェスナットの中で閃くものがあった。  昔から語り継がれている昔話に、この三つの言葉が含まれるものがあったはずだ。  ごっつい顔に似合わずに、美しい姫となって神のもとに嫁ぐ娘の気持ちや美しさを眠る自分に語って くれた父、バイロンの顔が浮ぶ。 ―― むかーし、むかし。あるところにとても貧しい家の娘がいました。  でもその女の子はとてもキレイで、美しい心をもっていました。 「あなたの妹さん、クロニアは神に捧げられた花嫁。そして、そのしるしとして与えられたのが、灼熱 の太陽」  昔話をなぞって言えば、そういうことになる。  だがそれを受け入れられなかったのが、双子の兄。  神に妹を奪われた彼は、妹を取り戻そうと海賊になり、死の海流ファウーヤをも乗り越えて妹の元へ とやってくる。  そんな流れが見えてくる。  想像から現実へと目を戻したチェスナットがアンギナンドを見上げると、その目がご名答と賞賛の色 を浮かべて頷いている。 「クロニアは今も神殿に捕らわれている。だから解放しなければならない。だがそれにはこの俺の呪い をとかなければならない」 「聖なる地は不浄の者へはその口を開かない」  シスターバイオレットの言葉がつづく。 「だから、あなたたちがここへ来たのかもしれない。アンギナンドの呪いをとくために」
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