第十話



 「彼から離れなさい」
 ガチャリと撃鉄を起す音でナイフを構えた男の頭に狙いが定められる。
 そこに立っていたのは一人の女だった。
 金髪のボブヘアーが美しい女が、隙一つなく銃を構えてした。
 男が手にしていたナイフを落とす。
 だが同時にサイドルの足元に転がっていた男にも視線で合図を送っていた。
 その合図と同時に男が拳銃を抜いて構えようとした。
 だがその手があっけなく女の拳銃で撃ちぬかれる。
「ウギャァァァァアア!!!」
 手の甲に穴の開いた男が絶叫を上げて倒れこむ。
 その血を顔に受けながら、サイドルは壁に張り付いて立っているだけだった。
「さあ、さっさとここを立ち去りなさい。それともあなたも頭に風穴を開けたいのかしら?」
 手を頭上に上げた男二人が冷や汗を流しながら目配せをすると立ち上がった。
 その背中を、女の拳銃が追い続ける。
「そら、行くぞ」
 手を抱えて蹲った男を抱え、三人の男たちが恨みがましい目をしながら去っていく。
 その姿が見えなくなってもしばらく油断なく辺りを伺っていた女が、銃を下ろす。
「大丈夫?」
「……うん。ありがとう」
 答えながら、サイドルは足元に落ちてしまった食品の袋を見下ろした。
 女がサイドルの駆けより、一緒になって落としたものを拾いはじめる。
「ああ、もったいない。ウイスキーの香りだけでも楽しんでおきたいわね」
 女の言葉にサイドルも笑みで頷いた。
 女が一番下になっていたリボンのついた包みを拾い上げ、サイドルに手渡した。
「プレゼント? ちょっとウイスキー掛かってるけど、大丈夫かしら?」
「うん。袋から出しちゃおうかな」
 サイドルはウイスキーに浸されてヘニョリと歪んでしまった紙を剥がし、中からウサギの人形を取り
出した。
「まあかわいい!」
 女が手に乗るぬいぐるみを覗きこんで笑顔を見せる。
「彼女に?」
「はは、まだ一桁の歳の彼女かな?」
「…お子さんじゃないわよね」
「うん。まだ独身」
 サイドルは割れてしまったビンを袋の中でまとめると、そっと道路脇に置いた。
「これはあとで取りにくるよ。捨てたわけじゃないからね」
「ええ、分かってるわよ。ナイスガイのお兄さん」
 サイドルは「ありがとう」と礼を言うと女に別れを告げた。
 その後ろ姿を見送りながら、女はサイドルが落としていったナイフをハンカチで包んで取上げた。
「おい、ジーナ。あいつ行かせていいのか?」
 建物と建物の間の薄暗い路地から黒人の大きな男が出てくる。その男の手にも拳銃が握られていた。
「今はね、さっきの人形に発信機をつけた」
「やるね」
 黒人の男が口笛を吹きながら拳銃を胸のホルスターに戻した。
 その胸にあるのは警官の証。
「それにしても、あいつがサイドルか。思っていた以上に優男だな。あんなんでよくサンドラの下にい
られるもんだ。まさか売春夫じゃあるまいに」
「当たり前でしょ。彼はサンドラの弟よ」
「似てねえ兄弟だ」
「ええ。凶悪で手のつけられない犯罪者の弟には見えない。とても善良そう。でも犯罪に手を染めてい
ることには変わりはないわ」
 女は受信機の上で光る発信機の光点を見つめた。
「なんてしてもエリザベスを助けなくては」





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