実験・観察記録   愛の時限爆弾起動!




 ―― 愛の時限爆弾
 装着された人間の好みの人間を、発汗、体温、心拍、脳波もろもろで解析する優れもの。その上、解
析結果とは真逆を行く人間を見つけた瞬間にアドレナリンを注入して、恋を錯覚させてしまう。
 強引に盛り上げられた恋情を、ひたすら突っ走った後で、はたと我に返ると好きでも何でもないどこ
ろか、一緒にいると不快になる相手が隣りでスヤスヤと眠っているなんて事態になる。
「なんだって?!」
 時人の説明に、幸太郎が声を上げる。
「なんでおまえ、そんなもの作ったんだよ!」
 だが言った瞬間に理解した幸太郎は、涙をためて赤くなった目の時人に見つめ返され、悲しくなって
目を反らした。
 答えなんて聞かなくても分かっている。俺のことが嫌いだからだ。
 何度も面と向って言われてきた言葉だった。『おまえなんか大嫌いだ』
 だが言葉ではなく実感として感じてしまった時人の思いは、愛の時限爆弾の影響ではなく、本気で胸
に痛かった。
 男に嫌われる性分であることは分かっていた。何度もすれ違いざまに舌打されることもあったし、軽
蔑した視線を送られることもあった。
 でもそんなものは痛くも痒くもなかった。心の表層すらかすらない。そんな自分を嫌う人間もいるの
は当たり前さという事実を記憶の片隅に置いてやるだけだ。
 だが、時人は違った。時人に嫌われるということは、自分の尊厳をぶち壊されるくらいにきつかった。
 さゆりも幸太郎の心の変化を読み取ったように、心配そうに顔色を窺っている。
 それに気付いて幸太郎は無理に笑みを作ると、時人を見下ろして言う。
「おまえさ、気付かなかったわけ? 俺とおまえの相性の悪さ。しかも女好きの俺の好みの正反対なん
て男になるはずだって」
 幸太郎の言葉に自分の気づいていなかった要素があったのに気付かされる驚きもあった。だが時人に
とっても、それ以上に傷ついたのは相性が悪いと断定する幸太郎の言葉だった。
 ピクリと動いた時人の頬に、幸太郎も後味が悪い顔で眉間に皺を刻んで目を背ける。
 シーンと静まり返ってしまった空気の悪さに、さゆりもなす術もなく体を硬くして事態の展開を待っ
た。
 その中で口をきけるといったら、もう美知子しかいない。
 自分のワンちゃんチャームと時人が手にしていた愛の時限爆弾を両手に並べて眺めながら、目を皿の
ようにして観察している美知子が頼りだ。
「ねぇ、時ちゃん。わたしのこの愛の時限爆弾とは少し重さが違わないかな?」
 両手を天秤にして重さを計る美知子は、なかなか精度がいいらしい。
「うん。一度交換したときに、美知子に渡したほうには装置を入れなかったから」
「本当に徹底した俺狙いだったわけだ」
 うんざりした声で幸太郎が呟く。
 もちろんビクリを肩を震わせた時人は、居たたまれない様子で俯く。
 そんな凍りついた空気もなんのその。美知子が笑顔で喋り始める。
「でもやっぱ時ちゃんって天才だよね。思いついても普通じゃ作れないよね、こんなの。それを作りあ
げちゃうんだもん。その上完璧に作動させちゃう。実験成功だね。おめでとう!」
 思いがけない言葉で時人の手を握った美知子が、ブンブンと握手した手を振る。
「おめでとう?」
「うん。天才科学者だって思いついたことがその通りになるなんて、そうそうないことなんじゃないの
? でも時ちゃんはやり遂げた」
 決して聞けるとは思っていなかった賞賛の言葉に、だが時人は大きく目を見開いて事態を受け止めら
れずに呆然とするばかりだった。
 そんな時人に、美知子がリポーターのように手でつくったマイクを握る。
「またまた天才ぶりを披露してくれた上条時人くん。今度の発明は〈愛の時限爆弾〉。初の実験体とな
った二人にインタビューしましょう」
 美知子はまず拳マイクを幸太郎に向ける。
「実験当初、お二人の関係はどんなものだったんですか?」
「え………。当初? まぁ、仲は悪かったかな。俺は……天才とか言われて人を見下してるような時人
が気に食わないってのが本音だったし。だからこそ、時人を構って遊んでたっていうか」
「たとえば?」
 なかなか本物のレポーターのように突っ込んだ質問をする美知子に、幸太郎がウッと言葉を詰まらせ、
頬を指で掻く。
「え? ……だから、時人は女嫌いそうだから、わざと女引き連れて時人の前を通ってみたり?」
「あれ、ワザとだったのか!」
 不意に顔を上げた時人が、眉間に皺を寄せて幸太郎を睨む。
 その視線に、しらばっくれる態度で眉を上げてそっぽを向く幸太郎。
「では、開発者の時人くんにとって、幸太郎くんはどのような存在だったのでしょうか?」
 美知子のマイクが時人に向く。
「もちろん大嫌いなエロエロ殿下だと思ってたよ。ぼくが人を見下してたっていうけど、幸太郎だって
ぼくをバカにしてた。だから周りの取り巻きの女たちもぼくのことを目の敵にしてた」
「なるほど。なかなか険悪な関係だったのですね。では、愛の時限爆弾の実験を終え、ラブリーな関係を経
験したお二人の今の気持ちはどう変化しましたか?」
 美知子マイクが幸太郎に迫る。
 その握りこぶしをじっと見下ろして、幸太郎が言葉を捜して沈黙する。
 そしてそれを時人が横目で、気になる様子でチラチラと見ていた。
「今は……、そうでもないっていうか……。可愛い奴だと思ってる。これも時限爆弾のせいかもしれな
いけど。偉そうに見えたのだって、ただの虚勢で本音を見られないようにガードしているだけだし、そ
の中味は結構優しい……かも? なんて言っていいか分からないけど、不味いって口から吐き出すより
も、ずっと味わってたい?」
「おまえが言うとエロく聞こえる」
 ボソっと言い返した時人だったが、隠そうとして俯いた顔は明らかに赤い。
「エロイとか判断できるようになったんだ? 時人ちゃん。前は右も左も大人の世界なんて見えない見
たくないって顔してたのに」
「人をヒヨコみたいに言うな」
 時人が幸太郎を睨み上げる。
 だがその顔の前に美知子マイクがヌッと突き出される。
「では時人くんはいかがでしょう」
 幸太郎と目があった状態で聞かれた質問に、どうしてか視線を動かせなくなる。
 目のあった幸太郎に、幸太郎自身をどう思っているのか言わないとならなくなる。
「えっと……あー」
 時人の目が泳ぐが、それを楽しげに幸太郎がにやけて眺める。
「時人。おまえの科学の実験の結果発表だもんな。偽証なんてしないよな」
 追いつめる幸太郎に、時人が泳いでいた目をまっすぐ幸太郎に定めて睨む。
「わかってるよ。今は、幸太郎のことが…………好きだよ。友達だと思ってる。困ってれば助けてくれ
るし、ただのエロ殿下じゃないってのも分かったし。側にいても不快じゃないし。他の人間とは一緒に
いても上下の立場だけを考えて、なんとかバカにされないようにってがんばるしかなかったけど、幸太
郎は横にいて自然だった。……はじめてできた友達なんだと思う」
 じっと幸太郎を見ていた目を逸らし、時人がため息をついて俯く。
「これは時限爆弾のせいじゃない。本当にそう思ってる」
 時人は机の上に置かれた愛の時限爆弾を手に持ち、じっと見下ろした。
 自分自身を被験者としてまでやり通してしまったらしいけど、結果を考察するとどうなるんだ?
 幸太郎を笑ってやろうって当初の目的は大失敗だけど。
「時限爆弾の効力はもう切れてんだよな」
 不意に幸太郎が呟く。
 それを隣りのイスから見上げた時人に、幸太郎がどうかしてると額を手で覆いながら呆然と言う。
「……切れてるはずだけど。なんで?」
「おまえに今、マジでキスしたい」
 見開かれた幸太郎の目と時人の目が合う。
「いや、ぼくはしたくない」
 ガタっと音を立ててイスから立ち上がって逃げ腰になった時人に、幸太郎が腕を伸ばす。
「いや、マジでかわいいって時人。そんなに俺のことを好きになってくれたなんて」
「……ぼくは男とキスする趣味ない!」
「さっきしたじゃん。うっとりした目でさぁ」
「それは時限爆弾のせいだから!」
「それが本当か今から確かめればいいだろ」
「ヤダ!」
「大丈夫、俺も別にゲイになったわけじゃないから。キス以上は望みません!」
 教室の中を逃げ回る時人を、幸太郎が楽しそうに追い掛けまわす。
 それを見守りながら、さゆりがなんだかつまらなそうに肩をすくめてため息をつく。
「で、結果どうなるわけ?」
「愛の時限爆弾は世界を平和にする新発明でした! 敵をも愛することを可能する、世紀の大発明!!」
 美知子がさゆりをカメラに見立てて報告する。
「まぁね。戦争している国どおしにばら撒けば、殺し合いじゃなくて、キス合戦でもすることになるの
かしらね」
「うん。世界平和だね!」
 美知子がニコリと笑うと、さゆりの頬にチュっと音を立ててキスをする。
「ちょっと、わたしたちまでおかしくなると収集つかないよ」
「世界平和を願って愛し合おう!」
 美知子はさゆりの言葉など聞かずに抱きついてくる。
 それを面食らいつつ抱きとめたさゆりが、美知子の背中をポンポンと叩いてやる。
 だがその内心で思うことは――。
 結局素面でこの場を締める損な役回りは私なわけ。わたしも一緒になって馬鹿騒ぎできたらいいのに。
「はぁ」
 ため息が深くなる。
 だがそのさゆりの視線の先で、ガラリと音を立ててドアが開けられる。
「ちょっと本日のヒーロー、ヒロインがこんなところで乱交してないでくれる! 会場が大盛り上がり
だから帰ってきてよ!」
 キレイに化粧していたはずのパーティー出席者の一人が、マスカラをパンダのようにした顔で現れる。
 泣いたのか、笑いすぎたのか。
「なんなの、あの戦隊ヒーローフィルム。明日の映画研究班の上映に使わせていただくからね」
 戦隊もの?
 時人、幸太郎、美知子の頭の上にハテナマークが点灯する。
 が、そのなかで一人さゆりだけが、ハッと口と手で覆う。
「ま、まずい!!!」
 さゆりがドアにぶつかって音を立てながら走り出す。
 それを三人は不可思議な顔で見送るのだった。

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