実験・観察記録   愛の時限爆弾起動!




 会場となった体育館へと向って走る間にも、大爆笑の声が聞こえてくる。
 数メートル先を行くさゆりの背中がなかなか近づかない。マジ走りだ。
「あいつ……何しやがった?」
 切れる息の合間に時人が呟いても、目のあった美知子も幸太郎も肩をすくめるばかりだった。
 だいたい戦隊もののフィルムってなんだ?
 戦隊ものって、あの赤レンジャーや青レンジャーとかが悪の怪人と戦う、子どもだましのアニメだろ
う。
 なぜそんなものが?
 そう思う時人の視線の先でさゆりが体育館の扉を勢いよく開け放つ。
 一段と大きくなる爆笑の声。
 そして主人公たちの登場に気付いた観衆が、大喜びで出迎えの声を上げる。はっきり言って、半狂乱。
 キャーという黄色い声とウオーという野太い声が後から追いついた時人たちをも迎える。
「な、なんだ?」
 さっきの天才時人を讃える会の入場の比ではない。アイドル並みの扱いかという歓声。
「あ、俺と時人」
 隣りに立つ幸太郎の声に、時人は壇上のスクリーンに目を向けた。
 そこには、お世辞にもうまいとは言えない絵で展開されるアニメーションが放映されていた。
 その絵の中の一人が自分だということはすぐに分かる。
 メガネをかけた貧相な体で、追いつめられるとクイっとメガネのブリッジを押し上げる仕草まで再現
されている。
 だが、おかしいと思うのは、その絵の中の自分がぴっちりとした青いテカテカと光るラバースーツを
着ていることだ。
 しかもその自分の前にはシュールとしか言いようのない怪人が仁王立ちし、ビームを放つのだろう、
ゴツイロッドを構えている。
『や、やめてくれ。ぼくは戦闘要員じゃないんだ。作戦を立てる頭脳。世界のために必要な天才の脳な
んだ。そんなぼくを……』
 声はないが、コミックのようにフキダシの文字でキャラが喋る。
 だがそんな言葉など問答無用に、怪人のロッドから青い稲妻が発射される。
 その直撃に身もだえして地面に転がる、ぼく? 青ラバースーツ男。
『ああああああ。止めてくれ!』
 しかしこのビーム、体にはほんの少しの赤い筋をつけるだけで威力はたいしたことない。それでも致
命的なのは、ブルーのスーツを溶かしてしまうことらしい。
「ああああ、やめろ!」
 現実の時人の口から叫びがもれる。
 胸から腹までデロリンと溶けてしまったスーツ。しかもその侵食はまだ続いている。
 全身黒いタイツで顔と肩に緑の仮面とシールドをつけた怪人が、フォフォフォと笑う。
 そこに颯爽と現れ、時人を庇うのが幸太郎のキャラ、赤いラバースーツの男だ。首に巻いたキラリと
光る銀色のスカーフを風になびかせての登場だ。
『俺の時人になにをする! 俺が相手になってやる!』
『それはどうかな? おまえも腐女子どもの好奇の視線という餌食になるがいい』
 怪人が喋る。
『やれるものならやってみろ!』
 ロッドを構える怪人のビームを、幸太郎はハイジャンプと空中前転でヒーローらしく避ける。
 が、そのビーム。運悪く庇っていたはずの時人の背中に命中。
 再び悶え苦しむブルーの背中のスーツが溶け、微かに尻が露出。
 その姿に目を奪われていた怪人の隙をつき、幸太郎レンジャーが回し蹴りを食らわせて怪人を地面に
転がす。
『時人、大丈夫か?!』
 もうほとんど裸、いつの間にやら体中にムチ打たれたようなミミズ腫れをまとった時人レンジャーに
幸太郎が駆け寄る。
 その背後でゴソゴソと起き出す怪人。
『よくも俺様を蹴ったな』
 怪人が出力MAXでビームを放つ。
『二度と時人を傷つけさせないぞぉ!!』
 幸太郎がビームの前で時人を庇って両手を広げる。
 巨大な青い稲妻の固まりが幸太郎を直撃する。
『クッ』
 僅かに苦痛の声を上げて、だが倒れることなく時人を庇いきった幸太郎が舞い上がる砂煙と白煙の中
から姿を表す。
 見事下半身の一部だけを覆うスーツの一部を残して、跡形もなく身にまとっていた衣服は消飛ばされ
ていた。
 だがそんなことで動じる幸太郎レンジャーではない。
 これ見よがしに見事な肉体美を見せ付けてポーズをとると、怪人を睨みつける。
『俺たちゴレンジャーがこの世界にある限り、おまえたちの自由にはさせない』
 そこに響いた同意の雄たけび。
『そうよ、わたしたちはこの世界の平和のために戦い続ける』
 あまりに神々しいバックと花をしょって現れたのは、おなじみサユリーナとミッチェル。そして戦隊
ヘルメットを被ったポチだった。
『幸太郎、時人、変身よ!』
 ミッチェルの声に幸太郎が首にかけていた変身スティックを手に持つ。そして裸の男同士の怪しい助
け合いで起された時人も、健気に頷いてスティックを構える。
『『変身!』』
 同時に唱えた声で二人が亜空間に吸い込まれた? なバックの中でヒーローモードに変身していく。
 幸太郎は長い剣を構えた赤レンジャーに、時人は腕に作戦立案するためのディスプレイをつけた青レ
ンジャーに。
 変身を遂げた二人の隣りに降り立ったさゆりと美知子はそれぞれ、ピンクレンジャーとオレンジレン
ジャー。最後に合流して先頭に立つのがポチ、こと白レンジャーだ。
『『『『五人合わせて、ゴレンジャー』』』
『ワオーーーーーン!!』
 きっちりとポーズを決めた四人&1匹が怪人目掛けて襲い掛かる。
 ポチに齧られて転がった怪人は、お決まりの悪軍軍団を召集するが、あっという間に蹴散らされてし
まう。
『サユリーナ、ミッチェル、幸太郎。トライアングルバスターだ!』 
 作戦係の時人青レンジャーが叫ぶ。
『『『了解』』』
 声をそろえた三人がアクロバティックに宙を舞い、手を取り合って空中で三角形を作る。
 その手の間に陽炎の揺らぎが発生。その中に飛び込んだポチ白レンジャーが巨大なキバをそなえた犬
に変身し、炎をまとった巨大ケルベロスとなって怪人に襲い掛かる。
『あいやぁぁぁぁ!! やられた〜〜〜〜!』
 怪人が叫び、死ぬ寸前の虫のように手足をばたつかせながら地面に転がる。
 それをゴレンジャーが一列に並んで見下ろす。
『おまえたち、どうしてそこまでして我々と戦う』
 虫の息で怪人が問う。
 それに答えるのはサユリーナだった。 
『わたしたちは一人では生きていけない。でも五人だから、五人の間に決して消えない愛があるから戦
い続けられる』
『消えぬ愛か。………我らには理解できぬ』
 怪人はそう呟くと、動きを止めて蒸発するようにして消え果る。
 それを見届け、四人と一匹は今日も世界を救う勤めを果たしたと頷き合う。
 
―― ゴレンジャーの戦いは明日もつづく。

 おわり。


 空に向って一直線に腕を伸ばす四人とポチを背景に、戦隊アニメーションが終了する。
 会場中に拍手が渡る。
 なんだったんだ、今の。
 呆気にとられる時人の足元に、いつの間にやらヨボヨボのポチまでやってきて時人を見上げて尻尾を
振っている。
「ご、ごめんね。わたしがちょっと悪ふざけで作ったのが……」
 ポチを見下ろしていた時人にさゆりが恐る恐るという声色でいう。
「え? 今のさゆりちゃんが作ったの?」
 びっくりに賞賛を混ぜて言う美知子に、さゆりが頷く。
「ほら、賞の受賞を祝いに時人のくんのところに行ったときにバカ呼ばわりされて、ちょっと悪戯した
じゃない。美知ちゃんには時人くんの足止め頼んで」
 いつのことか思い出せない様子で、顎に手を当てて首を傾げる美知子を見ながら、幸太郎がスクリー
ンに目を移す。
「悪戯にしては、なかなかのデキだと思うけど。……でももうちょっと俺にかっこいい場面くれればな
ぁ」
 幸太郎が不満そうに呟く。
 それに返事を返したのは、こともあろうに時人だった。
「おまえにはあのぐらいで十分だ。というよりもあれでは十二分だ。おまえには分が過ぎる。それに文
句を言うならぼくだろう!」
 俯いていた時人がキっと目を上げるとさゆりを睨む。
「ぼくのあの扱いはなんだ? ただ肌を見せて興奮を誘うだけの役立たずじゃないか?!」
 時人のその言葉に、さゆりと幸太郎が唖然とする。
 あんなアニメーションを作ったこと自体は怒らないということか?
「ええっと、怒ってるのは内容だけ?」
 さゆりが尋ねる言葉には返答せずに、時人が足元のポチを抱き上げる。
「さあな。でもゴレンジャーの仲間ではいてやるよ」
 ポチに語りかけるように言えば、時人の鼻をポチがペロリと舐め上げる。
「なんていっても、五人の間には消えない愛があるんだろ?」
 一年に数度しか見れない貴重な優しい笑みが時人の顔に浮ぶ。
「よ、ゴレンジャー!!」
 会場から上がる声に、時人とポチを除く三人がポーズを決めてサービスするのであった。


back / top / next
inserted by FC2 system