Chapter 6   It a hungry man who will be a dead  (亡者のように飢えた人間)



 空の色が紫から濃紺の闇へと変わろうとしていた。
 その濃紺の上に浮ぶ、白い光を放つ星に、マメが嬉しそうに笑い、カオスの腕を引いて指さす。
「うんうん、星ね。きれいだね〜〜〜。って堪能している暇はないんじゃ!!」
 一人必死に足を進めるカオスを怪訝な顔で見つめ、マメがそれでも後を追って砂に足を埋もれさせな
がら走る。
 カオスがすでに明るい色を無くした空を見上げながら、深刻な顔で辺りを見回す。
「まずいな。暗くなる前に地下鉄まで行っておきたかったのに」
 闇夜には、飢えと病気の果てに発狂した殺人者がうろつき回る。
 その上、砂漠の夜は凍えるほどに寒い。
 たとえ殺人鬼に出会わなかったとしても、零下の寒空の下にいれば、命の保障はもちろんない。
「急げよ、マメ」
 手招きするカオスに、マメがうなずく。
 砂の彼方ではあるが、壊れた地下鉄の入り口らしき建物は見えていた。
「ちかてつ、何?」
 不意に口をきいたマメに、カオスが焦りを浮かべた顔ながら、片眉を上げて驚きを見せる。
「地下鉄は、昔のまだ文明が栄えていた時代の跡で、地下を人を乗せて走った乗り物があったんだって」
「ふむ。……マメも乗る?」
 自分を指さして「マメ」と名乗る様子に、カオスがほほえむ。
「マメは乗らない。もう、走ってないの」
「ムムム。マメ、乗りたい」
 腕組みして足を止めてしまうマメに弱った顔で笑ったカオスだったが、次の瞬間、マメの口を押さえ
て身を低くしてうずくまった。
 虚ろな様子で足を引きずって歩いていく人影が前方に見えていた。
 すでに陽が落ちた今は、シルエットとなりつつある姿ではあったが、錆びて酷くきれ味の悪そうなナ
イフを下げ、酷く曲がった足を引きずって歩く様子は見て取れた。
 フラフラとゆれながら、時に足元に転がる棒や石に足を取られて、防御もなく転ぶ。
「ンンンンン!!」
 カオスの手の下で唸るマメに、「シ!」と注意してから手を放す。
「何?」
 狂った殺人鬼を指さして言うマメの声は潜められて小さかった。
 とても前方を歩く人間に聞こえる距離ではなかった。
 だが、マメの声に、こちらを向いた殺人鬼がナイフを掲げて走り出す。
「ええ??」
 マメのバカ! とばかりに頭を叩かれ、カオスに向かって抗議の声を上げるマメの口を塞ぎ、カオス
が走り出す。
 やつはきっと目が見えていない。放射能の影響で体に異常が出ているのだ。だが視力を失っているか
らこそ、異常なほどに聴力が発達したに違いない。
 闇の中にあるのにも関わらす、カオスたちの上げる足音を一直線に追って走ってくる。
「くそ!」
 カオスは周りの景色の中に目を巡らせた。
 あいつは一直線にしか走らない。なにか間に障害物を挟めれば、自分たちを追うことはできない。
「何か」
 その声に反応したように、マメが何かを指さした。
 そこにあったのは乗り捨てられ、錆びて窓ガラスが一枚たりとも残っていないバスだった。
「あれ? でも周りこんで走ったらあいつもついてくるだけで」
 だがそう言った瞬間に、腕の中からもがいて下りたマメが、後ろから駆けて寄ると、カオスとピース
を抱え上げた。
「え? ええええええぇぇぇぇ!!!」
 足が宙に浮いた状態でも惰性で駆け足を続けるカオスとピースの体が宙高く飛ぶ。
 凄まじいジャンプ力でカオスとピースを引きつれ、マメがバスの上を飛び越えていく。
 カオスの目に映るのは、遥か下方になった砂の地面、皮膚病にかかった肌が捲れたように、さびを浮
かせたバスの屋根、星が瞬く夜空、そして、再び砂の大地。
「ぎゃあああああ!! 激突するーーーー!!!」
 空中で犬掻きをするピースとカオスが、だが地面には激突することなくマメの腕に掴まれ子犬のよう
に首から吊るされる。
 助かったという思いの直後に服の襟で首が詰まったカオスは、グエっと喉を鳴らして砂の上に転がる。
「マメ! 君のスゴイ身体能力は買うけれど、俺たちは君の能力に付いていくことは………」
 泡を食って叫ぶカオスを、不思議そうに見下ろしていたマメだったが、見つめる先でカオスが視線を
移動させ、あわあわと意味不明な叫びを漏らし始めたことに小首を傾げる。
「あ、あ、マメ。あれ」
 カオスがまめの背後のバスを指差す。
 振り返って見たマメは、壊れたバスの窓から身を乗りだし、すし詰めのギュウギュウで搾り出される
トコロテンばりにニョロニョロと湧いてくる殺人鬼集団と目を合わせる。
 白く白濁した目をあらぬ方向に向け、お互いに食い合ったのか、唇や耳を千切れさせた異様な外見の
人間が、垢と砂で汚れてボロ布化した服をつり下げて歩き出す。
 叫び声を上げそうになったカオスは、自ら口を両手で押さえると、呆然と湧き上がる化け物集団を見
ているマメを睨み付けた。
 まめのバカ!! まめのアホ!! 殺人鬼から逃げているつもりで、殺人鬼の巣に飛び込んじゃうな
んて!!
 カオスは猛然と立ち上がると、マメを横抱きにかっさらい砂漠の中を地下鉄の建物目指して駆け出し
た。
 なんでこんなことばかりに巻き込まれるの! マメを拾って以来、リザルトに殺人鬼に!
 こんな疫病神、捨てて………。
 やけくそに胸の中で叫びながら、カオスは腕の中でじっとしているマメを見下ろした。
 くるくると良く動く黒い瞳と目が合い、カオスは走りながらもため息をついた。
 ああ、俺ってお人よし。捨ててくなんて、できねぇよ!!!
 俺のバカ!!!


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