Chapter 4  chase



 薄暗い熱気のこもった部屋に足を踏み入れ、立ち込めている鉄さびに似た生臭い血臭にグアルグは唇
を舐め上げる。
 そして部屋から光を閉ざしている窓辺の布を掴むと同時に毟り取る。
 途端に強烈な紫外線を含んだ白光が部屋の中を照らし出す。
 そこに広がった光景に、グアルグに首を掴まれ吊るされていたリザルトの猿の一人が悲鳴を上げる。
 天井まで吹き上がっている血は頚動脈から間欠泉のように吹いた様子を想像させた。ちょうどその真
下に転がった死体が床にも血だまりを作っている。
 そして部屋の中央には頭があらぬ方向を向いたトニーノの死体があった。
 見開かれた目は信じがたいことが起こった衝撃を受け止めきれないままに見る力を失っていた。
「これをやったのはCK11?」
 グアルグが吊るしていた猿の顔を自分に向け、笑顔で問う。
「ああ。そうだ。イエローやレッドをやりやがったのは犬を連れた小僧だったが、トニーノを殺ったの
はCK11だ」
 グアルグを怒らせて殺されるのはゴメンだと、聞かれたことには素直に答え、追従するように恭しく
頭をヘコヘコと上下させる。
「ふむ。で、そのときおまえたちは何をしていた」
「お、俺たちはトニーに天井に吊るされちまって、何もできなかったんだ。ほら」
 猿が天井の一角を示す。そこには切り裂かれた網が特大のクモの巣が壊されたかのような姿で下がっ
ていた。
 それを見てグアルグが鼻で笑う。
 そして足元の驚いた表情のトニーノを見下ろし、その頭を蹴飛ばす。
 死体からゴキという嫌な骨の擦れあう音が漏れ、頭が元の位置に戻る。
 その死体にしゃがみ込んだグアルグが話し掛ける。
「なぁ、トニーノ。俺から抜け駆けでCK11を捕獲に向ったみたいだけど、それはパートナーに失礼
だろう? わかるか?」
 トニーノの髪を掴み上げて揺れる首に説教をする。
 それを首根っこをつかまれた状態で見ていた猿が悲鳴を上げる。
 こいつの神経は壊れている。
 歯の根が合わない震えに襲われていた猿は、再びグアルグの方へと強制的に顔を寄せられる。
「で、おまえたちにトニーノとともにCK11の捕縛にいくように命令を出したのは誰だ?」
「部隊長のダークだ。トニーノは一人で大丈夫だって抗議してたけど、部隊長が俺たちをつけた。グア
ルグより先にCK11を捕まえろって。そのさい生死は問わないって言われたけど、トニーノは生きた
まま捕らえようとして」
 だが唾を飛ばしながら命乞いするように叫んでいた猿の言葉が不意に途切れる。
 そしてゆっくりと傾いた首が重力には逆らえずに転がり落ちる。
 勢いよく噴出した血を顔面に受けながら、グアルグは立ち上がると猿の死体を床に捨てた。
「おまえたちごときにCK11が捕まえられるわけがない。あれは、俺のものだ」
 グアルグが顔を滴り落ちる血を舐め上げると、愉快そうに笑いを上げた。
「いいぞ、CK11。俺が行くまで誰にも掴まるなよ」
 


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