§ プロローグ





 暗闇の落ちた部屋。
 裕福な家庭の一室なのだろう重厚感を漂わせる家具が部屋の中には並んでいた。
 クリスタルがくすんだ光を放っているシャンデリア。柔らかな色彩で描かれた絵画の入る金の額縁。
オーク材の大きな机と体が沈み込みそうなソファー。
 窓にかかったカーテンは白いレース一枚だったが、曇天に月の光も遮られ、一片の光さえ射しこんで
はこなかった。
 そのとき、沈黙に沈んでいた部屋の中で、コンピューターが起動する空虚な音がした。
 机の上でひとりでに灯った青白い光が、部屋を深海の中のように発光させる。
 黒一色のディスプレイに、白い文字で英文が並んでいく。


―Who can fight against the god judgment ?
 You meet the trial nobody have met in the human history.


 That time is front of you.
 Can you escape from the God hand?


 Heaven punishes the human race for their crime.
 By the York of Justice.


(誰が神の裁きに立ちえようか?
 汝人類がかつて経験したことのないような試練に遭遇する。
 その裁きの時は目前に。
 誰が神の裁きの手から逃れうるか?
 全人類は最後の審判に向かう。
 裁きの天秤による裁きに!)



コンピューターの青白い光が陰る。
 暗闇に落ちていた部屋のドアが開き、廊下から眩しい光が射していた。
「誰かいるのか?」
 ドアの隙間から顔を覗かせた青年は、眼鏡を押し上げると部屋の中を見回した。
「ちょっと、カイル。もうすぐ食事ができるけど」
「ああ、わかってる。ちょっと待ってて」
 カイルと呼ばれた青年は、部屋の中に入ると、背中でドアを閉じた。
 そして勝手に灯っているコンピューターに怪訝な顔をしながら机の前へと周った。
 毛足の長い赤い絨毯に足音一つたつことはなかった。
「ゲーム?」
 カイルは今は閉じているドアの方に目を向け、首を傾げた。
 彼女は新製品を買いそろえることにはご執心だが、ほとんど使うことはない。
 いまや彼女の暮らすこの高級住宅地の一室も、カイル専用の書斎となりつつあった。
 だから、彼女がこのコンピューターの電源を入れたとは思えなかった。
 しかも、ゲームとなると夢中になって話を聞かないカイルをいつも怒っている彼女が、彼にゲームを
プレゼントするとも思えなかった。
 カイルは不信に思いつつも、コンピューターのキーを押した。
 途端に美しいCG映像が流れ出す。
 一人の女が砂漠にできたオアシスの水に顔をよせる。
 その水辺に咲く赤い花。
 その花が突如、天から燃え盛る火の塊となって地に振り注ぐ。
 はじける大地。流れる少女の涙。満天の星空にむかって両手を突き上げて叫ぶ女。きらめくナイフと
滴る血。
 それらが突然終息すると、再び砂漠の場面となり、オアシスの水辺に咲く血のしたたる赤い花と倒れ
た女の姿が映る。
 そのままその映像を映し出すカメラが上空へ引き上げられたように、すべての光景が小さくなってい
き、その奥から文字が突き上げてくる。
― 「裁きの天秤」
 タイトルコールであった。



「ちょっと、ご飯冷めちゃう!」
 突然した女の声に、カイルは息を飲んで顔を上げた。
 その過剰なほどの驚きに、女の方もびっくりしてドアの陰に身を引く。
 だが、すぐに眉間に皺を寄せて怒った顔を作ると、口を尖らせた。
「もう! またゲームでしょ!」
「ああ、ごめんごめん。本当にすぐに行くから」
 女に手を合わせて謝ったカイルに、女がフンと顔をそらせる。
「あと1分で来なかったらご飯抜きよ!」
「わかった、わかった」
 カイルは机の引き出しからディスクを抜き出すと、ゲームのコピーにかかった。
 カリカリというコンピューターの書き込みの始まった音に、イスから立ち上がったカイルは、ディス
プレイの上に新たに並んだ文字に目を留めた。



― Do You fight against the God judgment?
  Yes or NO ?
(あなたは神の裁きに立ち向かいますか?
  イエス、あるいはノー)
 男はマウスを握り、カーソルを移動させる。そして、押した。
"Yes"





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