ACT 2



「こんなところでお歌の練習してたの?」
「そうよ。ここにはたくさん木があって空気がきれいでしょ? だから歌声も透き通って空気
の中に溶けていってくれるの。たくさんの木がユウくんの病気にいい匂いを出してくれるよう
に、わたしの声も、この空気をもっときれいな色に染めてユウくんを助けているのよ」
 女の子の大人びた話し方に、ぼくはは感心したように相槌をうった。
「そうなんだ。ぼく知らなかった。ありがとう」
「どういたしまして」
 女の子は笑顔で小首を傾げると、ぼくを花畑の中に座らせた。
 夜露で湿った緑の草の中に座ると、青臭い草の香りが立ち上る。
 クローバーの葉には、凍ってしまいそうなほどに透明な水の雫が浮いていた。
「キレイだね」
 クローバーの葉に溜まった露玉を女の子に示す。
「本当ね。その水の雫はとってもいいお薬になるのよ」
「え? そうなの?」
 ぼくはじっと露玉を見つめた。
「でもまだお薬にはなってないの。わたしの歌を歌うとお薬になるの」
 女の子は「見ていてね」とぼくに露玉を指さした。
 ぼくは頷いてじっとクローバーの上で揺れる露を見つめた。

―― 夏の夜の魔法の雫
   お空の青に、大地のみどり
   みんながあなたを抱きしめている

   一人ぼっちで窓辺に立って 
   空を見上げた君が見る
   白い雲のともだちは
   いつもあなたをみつめている
   だからお空がきみに送る
     青い青いお空の魔法

     一人ぼっちでしゃがんだ庭で
     シロツメクサを撫でてはため息一つ
     撫でてもらったシロツメクサは
     あなたのを思ってほほえんだ
     だから大地があなたに送る
     緑のキレイな命のしずく

    夏の夜の魔法の雫
    そっと手にとり口づけを
    みんなの気持ちがこころをめぐり
    一人ぼっちじゃなくなるから


 ぼくは女の子の不思議な歌声に聞き入りながら、じっと雫を見つめていた。
 時々ふるふると震える雫が、次第に青く、時にみどりいろに輝く。
 女の子は歌い終わるとぼくに頷いた。
「さあ、飲んでみて。ユウくんが元気になれるように、わたし心を込めて歌ったから」
「……うん」
 ぼくはクローバーの葉に唇を乗せた。
 ほんの一滴の透明な雫を零さないようにと、静かに静かに近寄って。そっと吸い込む。
 冷たくて甘い味が、口の中に広がった。
「甘いや」
 笑顔で言ったぼくに、女の子は微笑んだ。
「ユウくんにはずっとここにいて欲しいけれど、でもユウくんはもう元気にならないといけな
いものね」
 女の子は少し悲しげに微笑むと、ぼくの手を取って立たせた。
「ほら、もうこんな時間。もうベットに戻って寝ないといけないわ」
「うん」
 ぼくは静まり返った病院の壁を見ながら頷いた。
「ぼく、きっと明日は元気になっているね」
「ええ。魔法の薬を飲んだのだもの」
 ぼくは女の子にお礼をいうと、手を降って病院の中に戻っていった。
 女の子はそんなぼくを、笑顔で見送ってくれていた。
 ずっと花の中に立ったまま。

 次の日の朝、ぼくは目を覚ました瞬間にむっくりと起き上がると、大きく息を吸った。
 朝の空気が胸いっぱいに広がって、なんとも清々しかった。
 それに、胸に痛みがない。苦しくもない。
 ぼくはあの魔法の薬を思い出し、夢でなかったんだと思った。
 きっとぼくは病気でなくなったんだ。治ったんだ。あの女の子のおかげで。
 ぼくは急いでベットから降りると、カーテンを開いた。
「ねえ、マサじい。聞いて、聞いて」
 隣りのマサじいのベットのカーテンを開くと、ぼくは急いでマサじいに昨日の出来事を報告
しようとした。
 でも、マサじいは赤い顔で苦しそうに胸を押さえて蹲っていた。
 枕には真っ赤な血がたくさん零れていた。
「マサじい!」
 ぼくはマサじいに駆け寄ると、その背中を摩った。
「マサじい、ぼくお医者さん呼んでくるからね」
 ぼくはぜえぜえ、ごぼごぼを嫌な音を立てるマサじいのベットから飛び降りると、大声で看
護婦さんを呼んだ。
「誰か! 助けて! マサじいが」
 ぼくの大切な友達。マサじいを、どうか誰か助けてください。
 ぼくは駆けて行く看護婦さんやお医者さんの背中に祈った。

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