「灼熱の太陽をこの手に掲げ」



31   出航
 ジョリーとチェスナット、二人の手が石の円柱につけられた瞬間、ドクンと脈打つように揺れた円柱 が一瞬の沈黙の後で轟音を巻き起こした。  床と言わず壁や天井、四方八方から地鳴りのように揺れ動く轟音がなり響く。  そして青年によって出現させられた円柱が、回転しながら再び石の床の中へと内蔵されていく。 「……ジョリー」  ぎゅっと握った手をさらに強く握り、チェスナットが言う。  轟音は鳴りやまず、次第に軋んだ石壁が細かに砕けた砂埃を零し始める。 「行くよ、チェスナット」  ジョリーはそう言うと、チェスナットの手を握って走り出した。  自分が来た道を、今度はチェスナットと一緒に走りぬける。  手にした灼熱の太陽を掲げ、叫ぶ。 「光を!」  その言葉に反応して、灼熱の太陽から真っ赤な光の帯が生まれ駆け上がる階段を照らし出す。  大地震の只中にいるように、揺れ動く足元にふら付くが、二人で支えあって走りぬける。そしてその 二人を、灼熱の太陽の放つ赤い光も助けていた。急な階段を全速力で駆け抜ける二人の頭上に降り注ぐ 瓦礫が、赤い光に触れた途端に砂塵に帰する。そして二人の行く手を遮るように落下する岩を、先行す る光が鋭い槍となって打ち砕いていく。  その光一つ一つにジョリーが命令を下しているように、鋭い目を向け続ける。  走り続ける足に息が切れ、口の中に血のような鉄錆び臭い味が広がるが、それを飲み下してチェスナ ットの手を引いたジョリーが走り続ける。  そして二人が崖に開いた穴の淵にたどり着き、足を止めた。  轟音とともに始まった崩落は、自分たちの立つ崖やポイシーヴィルーゴが浮ぶ湾の中にまで及んでい た。  船の上では、アンギナンドが船の碇を上げながら叫んでいた。 「早く海に飛び込め!」  船が揺れ動いていた。  ピクリとも動かずに呪いによって留め置かれていた時が動き出したポイシーヴィルーゴ号が波に揺ら れていた。  やがて船の進む進路を覆っていた大岩に亀裂が走り、外界の眩い太陽光をその隙間から煌めかせた直 後に崩落する。  嵐に見舞われたかのように逆巻く波を巻き起こし、砕けた岩が大量に海の中に落下していく。  その崩落は、ジョリーとチェスナットの立つ崖とて例外ではなかった。 「ジョリー、行こう!」  チェスナットの声に、ジョリーがゴクリとツバを飲む。  眼下には、逆巻く波に粟立つ海の水が荒れ狂っていた。  ぼくは泳げない。  その思いがジョリーの脳内を掠めた。そしてその怖気づいた気持ちを感知したように、灼熱の太陽の 放っていた赤い光が、その中に吸い戻されるように消えてなくなる。  光を吸い込み、暗褐色に沈黙した灼熱の太陽を見下ろし、ジョリーは震える息を吐き出した。  穏かに打ち寄せる海の波打ち際でさえ、跳ねる水に固まっていた自分が、こんなに荒れ狂う海の中に 飛び込むことなどできるのだろうか。飛び込むことだけならできるだろう。でも、そのあとに待ってい るのは、もがき苦しんで大量の水を飲み、息ができない恐怖にパニックに陥って死んでいく自分だ。こ んな荒れた海の中では、チェスナットの助けだって期待はできない。それにぼくを助けるよりも、チェ スナットには自分の身を守って船に幾ついて欲しい。  一瞬の中で頭の中で駆け巡る考えに目をさまよわせ、後ろのチェスナットを振り返る。 「チェスナット………先に行って」  ジョリーは手を引いてチェスナットに言う。  だがそれにチェスナットが首を横に振る。 「……ジョリー……大丈夫よ。だって、一緒に練習したでしょう。わたし、一緒に行くから。一人では 行かない。ジョリーと一緒じゃないと行かない」  大きく見開いた涙を浮かべた目で見つめられ、ジョリーは返事ができずに眼下を再び見下ろした。  その視線を追うように、頭上から崩落した岩が落下していく。  そして爆発を起したように海中から白い水飛沫の塊が跳ね上がる。  このままここにいることはできない。自分が決断しない限り、チェスナットも動かない。  怖い。  そう思った瞬間に、ジョリーはチェスナットの手をぎゅっと握っていた。  海が怖い。死を目の前に晒されることが怖い。そして、自分に決断の責任が与えられていることが怖 かった。  もう片手に持った灼熱の太陽を胸の前に抱いて目を瞑る。  ぼくに力を。  チェスナットを守れる力を、勇気をぼくに与えて。 「チェスナット」  ジョリーは祈るようにその名を呟くと、腕の中にチェスナットを抱きしめて海の中に飛び込んだ。 「あの子たちが飛び込んだわ!」  叫ぶバイオレットに、アンギナンドが舵を操りながら目で頷き、船の前面に開いた巨大な穴へと向か って船を進めていた。 「やつらが宝玉の真の継承者なら、こんなぐらいでくたばりやしないさ」  だが、そう言った矢先に船の甲板をぶち抜く巨石が降り注ぎ、轟音を立てて船の内部を破壊する音が 鳴り響く。 「……って、そんなに甘くはないか」  船を守る守護者の力を期待していたアンギナンドは、フウとため息をつくと自分の船を操る力を試さ れているときだと、海賊の顔でニンマリと笑う。 「俺には守護者の力なんてインチキ臭ぇ力はいらねぇよ」  そう言って舵を思いっきり回しながら、目は海中へと向かう。  俺にはそんな力を貸してくれなくていい。だからあの子どもたちに俺の分も力をわけてやってくれ。  心の中でアンギナンドが祈った。
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