「灼熱の太陽をこの手に掲げ」



20  海賊船 ポイシーヴィルーゴ 
 途中で何度も闇への恐怖でうずくまっている子どもたちの姿を願い、闇の隅に目をこらしてきたが、 シスターバイオレットの目に、子どもたちの姿は幻覚としてしか現れては暮れなかった。  進み続けている。そして、あまりにも多くのものを目にしてしまっている。  わたしは、あの子たちをどうしたらいいのだろう。  シスターバイオレットは走り続けて苦しくなった息に立ち止ると、膝に手をついて俯きながら、荒い 息の間に考えた。  ミイラとなってまで扉を守り続けてきた祖母が、子どもたちを通してしまった。  ガクリと自分のしてきたこと全てを贖罪するように首を垂れた姿。 「あなたのしたことは、間違っていたのでしょうか? そしてわたしのしてきたことも」  決して語られることのない教会の裏で行われてきた秘め事。  それに気付き、一人彼女を取り戻すために立ち上がった彼。そして失敗の末にその鍵を手にして戻っ た彼をかくまい続け、それでいながら彼の意志を引き継ごうとはせずに沈黙しつづける教会。 『あれは生贄なのだ』  その一言で封印された事件を、シスターバイオレットは知っていながら、なにもできずに返って闇に 葬る片棒を担ぎ続けていたのだ。  祖母、母、そして自分へと引き継がれてきた仕事として。 「でも、その封印が解けるべき時が来ている。そういうことですか? おばあさま」  ゆっくりと扉を潜ったシスターバイオレットは、眼下を揺れ動いて進んでいく松明の明かりを見下ろ しながら立ち尽くした。  もう止められない。できることは、先回りして彼を隠すことぐらい。  シスターバイオレットは崖を下る道は異なる方向へと歩き出すと、岩陰に隠された扉を潜った。  潮の香りが風にのって鼻先を掠める。  ボボボと音を立てて揺れる松明の炎を見上げ、ジョリーとチェスナットは下ってきた坂道がついに終 わり、目の前に平らな道が続いているのを認めた。  その向こうに大きく口を開けた岩壁がある。 「ねぇ、あの向こうに何があるのかな?」 「わからない。……でも、きっと海につながってる」  慣れ親しんだ海の匂いは間違いようもない。  早くあの岩壁の穴をくぐってその先を見てみたい。そう思っているのも事実だった。だが同時に恐ろ しくもあった。  自然、ジョリーとチェスナットの歩調が遅くなっていく。  この先の見えない闇の迷路の結末を迎えたいという思いと同時にやってくる、最後に向かえるであろ う人物の存在が喉の奥を震わせる。  海賊王アンギナンド。  チェスナットの足が止まる。  一歩先で立ち止って振り返ったジョリーがチェスナットを見る。  唇を噛みしめて、じっとジョリーを見上げたチェスナットがつないでいた手をぎゅっと握る。 「……行くんだよね」 「うん」  はっきりと肯定の答えと同時に頷いたジョリーに、チェスナットもしばしの逡巡のあとで頷く。 「行こう」  手を引いたジョリーにチェスナットが歩き出す。  大きな岩壁の穴をくぐり、その向こうに広がる景色を一つ漏らさずに目に焼き付けようと目を凝らす。  巨大な空間だった。波が静かに打ち寄せる音がする。微かにもれ伝わる光が多くなり、松明の明かり なしでも辺りが見えるようになってくる。  そして巨大な岩がつくる曲がりくねった道を抜けた二人の前に姿をあらわしたのが、巨大な船。  海賊船、ボイシーヴィルーゴ号であった。  黒い威容を放つ船が、隠し港となった地下で静かに眠っていた。  だが死を予感させる眠りではない。けっして起してはならない野獣の眠り。  見上げたジョリーとチェスナットの腕が総毛立つ。 「本当にあった………」  呟いたジョリーの声がチェスナットの中に染み渡る。  それがチェスナットの思いでもあったからだ。  ここにいるんだ。彼が。伝説の海賊王、アンギナンドも。  船が浮ぶ入り江の岸辺には一艘のボートがある。  二人の目が同時にそれを捕らえたとき、背後で小石を転がす足音がした。  ビクンと背筋が跳ね上がる。  その首筋に腕が回され、拘束されたチェスナットが「ヒッ」と声を上げた。  つないでいた手を振り解かれ、振り返ったジョリーが目にしたのは、チェスナットの首筋にギラリと 凶悪に光るナイフの刃を押し当てたシスターバイオレットの姿だった。 「な!」  思いつめた暗い目をしたシスターバイオレットの顔を見つめ、ジョリーがなす術もなく立ち尽くす。  これがあの笑顔で話し掛けてくれた、優しげだったシスターと同一人物なのだろうか。 「なぜこんなところまで入り込んだの?!」  高い声で怒鳴るように言うシスターに、チェスナットがギュッと目をつむって震えていた。 「チェスナットを離せ!」  叫んで一歩足を踏み出したジョリーに、シスターが後退さる。 「動かないで! この子がどうなってもいいの?」  不慣れな様子でナイフを握るシスターの手の腕の下で、チェスナットが悲鳴を上げる。その喉元から 血が一筋流れ落ちる。  その血に出しかけた足が竦む。 「ぼくたちを……どうするつもり?」  ここに至って殺されるかもしれないという可能性に思い至ったジョリーが、鋭い目つきでシスターバ イオレットを睨み上げた。  自分が死んだとしても、チェスナットまで巻き沿いにするわけには絶対にいかない。  全身に今にもシスターに飛びかかろうとする力が入っていく。  そんな不穏な空気が流れる中に、一つの声が降りかかる。 「客なら歓迎だ」  船の上からした男の声に、三人が頭上高くにある甲板を見上げた。  そこから下を見下ろしている男が、鷹揚な笑みを浮べ、ワイングラスを掲げて上がって来いと示す。 「バイオレット、ガキどもを船に上げろ」  温和そうだった顔つきからは想像できない、逆らえない威圧を含んだ命令が頭上から降る。 「アンギナンド」  チェスナットを拘束していた腕を解いたシスターバイオレットが呟いた。
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