「灼熱の太陽をこの手に掲げ」



  14  扉をぬけて 
 絵の前に並んで立ったジョリーとチェスナットは、絵の中央に丸く開いた穴を目を丸くして見上げて いた。 「これってわたしのせい?」 「……でも別に殴ったわけじゃないし、あの本出したら勝手にレバーが動いただけで……」  貴重な絵に穴をあけたことに恐縮してしまった二人が、手に手を取り合いながら絵を見上げる。  穴が開いてしまったのはちょうどジョリーとチェスナットの頭の上10センチほどの高さのところで、 握りこぶしほどの大きさで黒い陰を落としていた。 「ねえ、これって絶対なんかのカラクリでしょう?」 「カラクリ?」  ぎゅっとジョリーの手を強く握って言うチェスナットに、ジョリーが首を傾げる。  大好きな絵に穴が開いてしまったというショックだけでそれ以上には思考が回らないらしいジョリー に、チェスナットがじれたように言う。 「だって誰にも知られないように隠されていたレバーが作動して開いたんだよ。ぜったい大きな秘密が あるんだって!」  チェスナットは力強く言い切ると、何か決意を決めたように頷き、ジョリーから手を離して並んでい たイスの一つを引きずって絵の下に据えた。 「……何するの?」 「穴の中に何があるのか見てみる」  チェスナットが意気込んでイスに足を掛ける。 「そんなことしてるの他に人に見つかったら穴開けたのチェスナットだって思われちゃうよ」  気合をそぐようなことを言うジョリーに、舌打ちしたい気分でチェスナットは睨みつける。 「思われちゃうじゃなくて、開けたのはもともとわたしです!」  チェスナットはイスの上に飛びのると、穴の中を覗き込んだ。  真っ暗な穴の中をそっと、化け物が飛び出してきても大丈夫なように身構えながら覗き込む。  そしてその奥に刻印のようにある窪みに気付いて手を伸ばした。 「ねぇ、チェスナット何があるの?」  足元で言うジョリーを無視して手を伸ばせば、これまたカラクリの一部で歯車がいくつか組み合わさ れた仕掛けがあるのだと分かる。  足元ではジョリーが返事をくれないチェスナットにごうを煮やし、自分もイスを抱えてくると隣りに 立って穴を覗き込む。 「また仕掛け?」 「そうみたいね。でも、どうやって動かすんだろう?」  横から顔を突っ込んできたジョリーが、穴の中に手を伸ばす。  ジョリーの指先に触れたのは三つの突起だった。そしてその三つを囲むように円形の溝が歯車の上に 掘り込まれている。  その指に触れた形状を頭の中で映像に直した瞬間、ジョリーの中でひらめくものがあった。 「あ!」 「なに?」  突然大きな声を出したジョリーに、チェスナットがイスの上で身を縮ませる。  そんなチェスナットには気付かず、ジョリーは無心にポケットの中を漁る。そしてつかみ出したもの を顔の前に翳した。  ケーヌじいさんに渡された石。  扁平な円を描く石の上には三つの穴。その穴も三角形、六角形、円形と異なる形をしていた。 「チェスナット。中にある突起の形を調べて!」  はやる気持ちを抑えるようにギュッと石を握ったジョリーが、一心に穴を見つめる。 「……う、うん」  ジョリーの気迫に押されながら、チェスナットは穴の中に手を入れる。そして触れた突起に指を這わ せて形を探る。 「一つは三角、それから丸。もう一つは何面かある……数えるね。一、二、三、四、五、六。六角形」  その声に頷いたジョリーは、石をチェスナットの顔に向ける。  そしてそこにある穴を示して緊張で強張った笑みを浮かべる。 「これが仕掛けを動かす鍵だ」  ジョリーはゴクっと唾を飲むと、石を穴の中に差し込んだ。  突起と穴の形を合わせて押し込めば、何の抵抗もなくカチっと吸い込まれるようにして嵌る。 「はまったよ」  ジョリーがすぐ隣りにあるチェスナットの顔に言う。  ただ石をはめ込んだだけで心臓が跳ね上がって息が上がるジョリーに、チェスナットは一緒になって 唾を飲み、頷く。 「そうしたら今度はそれを軸に回すんだと思う。下が歯車だもん」 「……うん」  ジョリーは頷くと、穴の中の石に手の平を押し付けて右へと回した。  ジョリーの手の下で三つの突起が回転をはじめ、それにともなって三つの歯車が僅かだが動きはじめ る。  それと一緒に、絵の掛かった壁の中で何かが蠢き、音を立てる。  ジョリーが石を半周回したところで止まった仕掛けは、壁にかかった大きな絵を動かし始める。 「ジョリー!」  チェスナットの言葉に慌てて穴から石と手を引き抜いたジョリーは、イスから飛び降りる。  そして緩やかに右へと移動を始めて絵を、口をあけて見上げた。  あまりに大きな絵が、埃とわずかに砕けた絵の具を空気中に零しながら移動し、その背後に隠してい た一枚の扉をあらわにする。 「……隠し扉」  チェスナットが興奮した声で呟く。  なんの変哲もない、少し朽ち始めた木の扉。ノブも蝶番も緑色の錆びを浮かせたふるい扉。  だが感動に麻痺している猶予はなかった。  再び動き出した絵が、今度は扉を再び飲み込もうと戻り始めたからだ。  その瞬間、何も考える余裕もなく衝動のままに、ジョリーがチェスナットの手を引いて走り出した。 「え? ジョリー?」  ガクンと振られて揺れる体をなんとか立て直して走り出したチェスナットは、ジョリーが開け放った ドアの中目掛けて飛び込んでいった。  真っ暗で明かり一つない暗い階段が、ジョリーとチェスナットの前に開けていた。  
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