第十三話



 ドアを開けると、そこには5人の男たちがたむろしていた。
 ついさっき買ってきたものを食い散らかし、酒を飲み散らかしながら、下品な話に盛り上がっている。
 入ってきたサイドルに目を向ける者はいなかった。
 だが一人、サンドラの隣りに座り、ナイフを研いでいた黒い短髪の男が目を上げ、サイドルにむかっ
て手を上げた。
「相変わらずの面だな。本当に付いてるのか?」
 サイドルはチラっとサンドラを見やったが、不快そうな表情で腕を組み、壁に凭れて立っているだけ
だった。
 なるべくサンドラから離れた席につきたいと空いたイスを探すが、サンドラがその動きに気付いてか、
すぐ足の先にあったイスを足で軽く蹴飛ばした。
 ここに座れということだろう。
 その場所はサンドラの目の前で、ニヤニヤと自分を見る短髪の男の隣りだった。
 もっとも避けたい場所だったが、逆らったところでロクなことがないのは目に見えていた。
 仕方なしにそのイスに座る。
 だがいつの間に絡めていたのか、イスの足に短髪の男が自分の足を絡めていた。力任せに自分の方へ
とサイドルごとイスを引き寄せる。
 荒い動作に体がぐらつくが、その体を短髪の男が抱きとめ、背中から腕を回すと、サイドルの顎を掴
んだ。
「……サイドル。今度の仕事がうまくいったら、報酬の一部としてお前をいただくことにした」
 声も出せずに視線だけをサンドラに向ければ、顰(しか)められた明らかに不本意という顔を背ける
姿があった。
「そのくらい今回の仕事はやばい。おいしい餌がねえと、俺もやる気がでねえからな。お前の処女は今
までサンドラが守ってきたが、俺がいただく」
 動けないサイドルをいいことに、短髪の男がサイドルの頬を舐める。
 それには無表情を突き通していたサンドラが動いた。
 サイドルの座るイスを足で払い、浮き上がったサイドルの体を腕で掴んで短髪の男から引き離す。
「報酬は成功の暁までは渡せない。その前に手を出すのは契約違反だ」
 短髪の男は「ヘイヘイ」と首をすくめて見せたが、ほかの者のようにサンドラを病的に恐れている様
子は無かった。
 倒れたイスを起こし、荒っぽい動作で床に叩きつけると、サイドルをその上に座らせる。
「今回の計画の確認をする」
 サンドラは机の上に散らばった食い物のカスを叩き落すと、その下にあった地図を示した。
「今回の最終目的はヘイワード上院議員の殺害だ」
「痛めつけてやれ」
 仲間の合いの手に、サンドラも笑う。
「奴は俺たちに汚い仕事だけをさせて、保身のために仲間を殺しやがった」
 短髪の男がクシャクシャになった写真をポケットから取り出す。
「近頃奴の側近が出入りしている倉庫がある。奴の持つダミー会社が所有している倉庫だ。海運業と称
しているが売っているのは俺たちのシマをあらしている、天国へいくクスリだ」
 取引をする二人の男の姿が映った写真だった。
「ここには残念ながら忍び込むことは難しい。奴も馬鹿じゃねえ。最新のセキュリティーと警護を雇っ
てる。こんなボロ倉庫にな」
「そのヤクを、奴の孫娘、エリザベスと交換にいただく。決行は今夜12:00。同時に、ヘイワード
には別の場所に来ていただく。奴はまだ何か匂う。全てを喋ってもらうために死ぬ前に少し痛い思いを
していただく」
「決行場所は?」
 殺気という熱に酔った男たちに飲まれながら、サイドルが聞いた。
 おまえが聞いてどうする? という雰囲気が流れたが、短髪の男が言った。
「マリーナ501」
「おまえはここに居ればいい」
 サンドラが余計なことに口を挟むなと目で威嚇する。
「俺はエリザベスを連れてハイワードとの交渉を。イアンは交渉後の油断した奴らの襲撃を」
 短髪の男が手を上げてサンドラに返事をする。
「これで俺たちは大量のヤクを手にいれ、俺たちに舐めたまねしたらどんな報復があるのか見せしめに
もしてやれる」
 その時だった、隣りの部屋で物音がした。
 ドサっと人が倒れる音。
 途端に男たちの間に緊張が走る。
 サンドラが顎で一人の男に示してドアを開けさせた。
 足元に転がっていたのはエリザベスの見張りに立ていたはずの男。
 首だけをドアの外へとのぞかせた瞬間、男の首を太い腕が掴み上げ、その首に銃を突きつけた。
 その横から銃を構えた女が姿を現し、銃口をサンドラの頭に定めた。
「警察よ。エリザベス誘拐容疑で逮捕する」
 その女の顔を見て、サイドルは「あ」と声を上げた。
 ついさっき襲われた自分を助けてくれた女ではないか。
 だがそのサイドルの声が契機になった。
 短髪の男イアンがナイフを投げる。
 そのナイフが仲間を捕らえていた男の腕に深々とささる。
 女刑事の銃口が火を吹く。
 だが、そこにはもうサンドラの姿はなかった。
 狭い部屋の中で荒れ狂う暴力の嵐に、サイドルはただ呆然と立ち尽くしていることしかできなかった。
 だがその腕をサンドラが掴み、走らせる。
 机が蹴飛ばされ、二人の警官の動きを拘束する。
 窓を肘で破り、外へと身を躍らせる。
「エリザベスは?」
 サイドルは走るサンドラの背中に言った。
「あの場所がサツに割れていることは分かっていた。だからもう別の場所に移した」
建物の裏に入りこみ、隠しておいた穴から建物の地下に入り込む。
 くもの巣だらけのそのかび臭い空間に、怯えて涙を流すエリザベスの姿があった。
顔が埃にまみれて黒い涙を流し、猿轡のしたで苦しそうな泣き声を上げていた。
 頭上では銃声と走り回る大きな足音、怒声とうめきが繰り広げられていた。
「おいで、エリザベス」
 両手を開いたサイドルに、エリザベスが抱きつく。
 胸の中で震えていたエリザベスが、安心したためか、大きな泣き声を上げた。
 その口をサンドラが塞いだ。
「黙らせろ!」
 さっさとずらかるぞと合図を送ってきたサンドラの頷いた瞬間だった。
 頭上の薄い床板が踏み抜かれた。
 黒い革靴が床上に戻り、次の瞬間には女刑事が銃を構えて逆さに顔をのぞかせた。
 エリザベスを腕の中に庇い走りだした。
 その足に火を押し付けられた痛みが走った。
 足と意識は前に進むのに、体が倒れていく。
 エリザベスを巻き込んで、埃だらけの固いコンクリートの床に倒れこむ。
「ウウッ……アアアアァァァァ!!」
 倒れた衝撃の後に続いたのは、腿を貫く強烈な痛みだった。
「サイドル!」
 サンドラの叫びが聞こえた。
「お兄ちゃん!」
 エリザベスの声も。
 だが腕の中の温かみがサッと取り去られる。
 目をあければ、サンドラがエリザベスの腕を掴んで吊り下げていた。
「イヤァァァァ。お兄ちゃん、助けて!」
 エリザベスの絶叫が聞こえた。
 手を伸ばす。
 だが次の瞬間、衝撃が頭にきた。
「サイドル……」
 蒼ざめたサンドラの顔と、身を翻した背中。
 そして飛び散ったのは、自分の血と脳漿だった。



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