実験終了?  科学的探究は底なしだ!




 
「はい、次の方」
 病院の受付嬢のようにイスに座ってファイルに書き込みをしながら声を上げているのは、美知子だ。
「あの、まだLOVEドッグありますか?」
「はいはい。まだまだありますよ。なんていっても天才・上条時人が日頃のご愛顧に感謝をこめて、先

着300名に無料プレゼントなんですからね。しかも、これを身につけたあなたは上条時人の偉大なる
科学の実験の協力者として名前が刻まれるという栄誉にあずかるのです」
 時人に覚えさせられた文句を、まるで機械音のアナウンスのように(いや、その方がよっぽど抑揚が
ある)棒読みで言う。
 今日、もう何度繰り返した言葉だろう。もう耳にも、言ってる自分の口にもタコさんができている。
 美知子がおざなりな態度で差し出す紙に、並んで待っていた女の子たちが必要事項を書き込んでいく。

―― 同意書  

 などと書かれている割に、皆細かい説明文は読まずに、さっさと署名をしてしまっている。

―― これより行われる実験への参加を了承してくださった方に、無料でLOVEドッグを差し上げま
す。(あのゴレンジャーを作りあげるほどの、友情・恋愛運を飛躍的にアップさせる魅惑のチャーム!)
 この実験は、あなたの恋愛傾向を調査するものです。参加者にはその調査に基づき恋愛マイスター、
井上幸太郎からの恋のアドバイスレターが届くという特典があります。 
 参加いただいた方々の情報は個人情報保護法に基づき、厳重に保管し、当方研究以外に使用すること
がないことを保証します。 

 研究対象は、あなたの恋する要素、条件、タイミング、その後の行動パターン。
 研究は任意に20人を選びだし、その都度3ヶ月間の調査を開始します。その時期についてはご連絡
できません。常日頃と同じように生活していただくことに、研究の意義があるからです。

 以上のことに同意いただける方は、氏名、年齢、性別、誕生日、血液型、学部、などなど質問に記入
して提出してください。


 その文面に目を通しながら美知子がつぶやく。
「うさんくさ」
 

 その頃、同意書のコピーを取っていたさゆりがくしゃみをしていた。
「もう美少女サユリーナの噂がまだおさまってないみたいね」
 鼻の下を擦りながら言うさゆりが、刷り上っていく同意書を眺めながら満足そうに頷く。
「なかなかのできの文面よね。欲しい意欲倍増?」
 正式書類とは思えないゴレンジャーのイラストつきの同意書。もちろんイラストもさゆりの手書きだ。
ポチを中心にサユリーナとミッチェルがポーズを決め、その二人を讃えるように幸太郎と時人が立って
いる。ちなみに、ゴレンジャーでの幸太郎、時人の名前は、コーターポートとトキートに決定している。
(もちろん二人は大反対だったが)
「さぁ。今日もビラ配りがんばるぞ!」
 刷り上った同意書の束を胸に抱え、今日もさゆりが大学構内を走り回るのだった。


「なんか女しか来ないな」
「しょうがないんじゃない? あのさゆりちゃんの呼び込みチラシじゃ」
 笑顔がもう強張っている二人、幸太郎と時人が小声で言葉を交わす。
「ぼくは男のデーターも集めたいんだけど。そうじゃないと、公平で信頼にたるデーターが集められな
い。年齢、性別を越えないと」
「まぁ、贅沢言うな。まずは同年代、一番恋多き青春の女性たちを対象にしたまえ」
 LOVEドック配布室と名づけた部屋に入ってきた女の子を笑顔で迎えながら、幸太郎がまず手を差
し伸べて握手をする。
「よく来てくれたね。同意書にはサインしてくれたかな?」
「はい。あの、本当に井上さんの恋愛アドバイスがいただけるんですか?」
 ほっぺをピンク色に染めた女の子が、両手で幸太郎の手を握りながら言う。
「ええ。もれなく。あんまりかわいい子には、恋愛アドバイスっていうよりも愛の告白になっちゃうか
もしれないけど」
 調子よく語る幸太郎を、隣りに立った時人が「また言ってるよ、この軽薄男は……」という半眼で眺
める。
 それを横顔に受けながら幸太郎がピクリと動いた眉で返答する。
―― 焼きもちやくな。ただのリップサービス。一番愛しいのはトキートちゃんだから。
―― やめてくれ。全然嬉しくない。
 今度は時人が手にした銀色のLOVEドッグ、こと愛の時限爆弾に目を向ける女の子。
「かわいい!」
「前はドーベルマン型だけだったんだけど、新しくパグ型、ダックス型、コーギー型、柴型、ラブラド
ール型とできました」
 時人が手にした濃紺のビロードの上に、光り輝く銀色の犬たちが五体並んでいる。
 女の子はかっこいいも好きだけど、かわいいにも目がないから、そういうのも作ったほうがいいと進
言してきたさゆりの意見でできた新型だ。ちなみに新型愛の時限爆弾は、恋愛傾向を調査はするが、好
みの正反対の相手を見つけてアドレナリンをぶち込むという機能は削除されている。
「じゃ、わたしはコーギー型。うちにハニーちゃんっていうコーギーがいるから」
「そうなんだ」
 笑顔で答えた時人に、女の子がはにかみながら顔を赤くする。
 今までは不貞腐れた、しゃれっ気一つない、目が会えば三白眼で睨むような時人が、笑うと意外なほ
どかわいいことにみんなが一様に気付いて顔を赤くする。
「あの、今度白レンジャーのポチさんと一緒にうちのハニーちゃん、散歩させてもらませんか?」
「え? うちのポチと? いいけど、あいつおじいさんだからあんまり歩かないよ」
「いいんです。……上条さんと一緒なら」
「……………」
 言ってからポッと頬を紅潮させて俯く女の子に、時人の目が点になり、隣りの幸太郎は肘で時人をつ
つく。
「じゃあ、天才上条くんにコーギー型のLOVEドッグをつけてもらおうかな? ね」
 愛想よく言う幸太郎に、女の子がコクンと頷く。
 シルバーのチェーンに通された愛の時限爆弾が幸太郎から時人に渡される。
 本来は幸太郎がやる役割なのだが、思いがけず時人にホの字らしい女の子には特別サービスで時人が
つけてやることにしたらしい。
「う、うん」
 仕方なく立ち上がって女の子に後ろに立つと、その首にチェーンを通して止めてやる。
 首でシャランと鳴ったネックスレスのひんやりとした感触に、胸元で揺れるLOVEドッグを見下ろ
して女の子が笑顔になる。
「ありがとうございます!」
 頭を下げて出て行く女の子を見送り、幸太郎と時人がイスに座る。
 途端に、そろって二人の顔から笑顔が消える。
「全くおまえはいいよな。自分の実験のために、こんなにみんなが喜んで自分を差し出してくれるんだ
から」
「ぼくは科学の発展のために全力を尽くして研究するだけだ。他意はない。人間の恋するという現象を
統計的に分析したいだけだ」
「そのわりに、この頃そこはかとなく時人から色香が漂う気がするんだけどなぁ」
「……色香? ぼくは男だぞ。そんなものは出ない!」
「いや、出てる出てる。だから女の子がおまえの笑顔でポーっとなっちゃうんだ。俺のお株を奪いやが
って。その上、あの子たちは俺から恋愛アドバイスなんてものを貰うのを期待してる。あ〜、めんどく
せぇ」
「とにかく! ぼくは色気なんて出てないし、恋愛なんてする気はない。人間心理というもっとも不可
解で難解な現象に取り組むのに、恋愛している暇なんて」
 そう力説しだした瞬間、新たに室内に入ってきた女の子に言葉が途切れる。
 そして入ってきた笑顔のミニスカートがまぶしいツインテールの女の子に時人が体を硬直させる。
「あ、……山寺チカ……さん」
 おなじみお料理大好きのチカちゃんが、めずらしい女の子らしい服装で笑顔で部屋にはいってくる。
「上条さん、井上さん、こんにちは。弟とおそろいのチャームが欲しくなって、わたしも来ちゃいまし
た」
 エヘっと笑うチカを見つめ、固まった時人の頬が、ほんのり色づく。
「ふ〜〜ん。おまえのタイプってこのタイプ? 俺はみっちゃんとおまえがお似合いだと思うけどな」
 目の前まで来てチャームを眺めるチカを見ながら、幸太郎が言う。
「う〜ん。わたしはパグちゃんかな?」
 チカが愛の時限爆弾を指さしながら言うのに、時人がガラにもなく真剣な顔で頷いている。
 時人型、赤ベコだな。恋する赤ベコ時人。
 幸太郎が内心でつぶやく。
 それが聞こえたのか、時人が眼鏡の下の目でキッと睨みあげる。
「おまえにはうちのファンランでもくれてやるよ。料理はうまいけど、すっごいうるさい皺くちゃババ
アだ」
 小声で言い返す時人に、幸太郎が腕を組む。
「ああ。料理がめちゃくちゃうまいけど、ちょっとぶっ飛んでるって言う中国人のおばあさんだろ。俺
的にはまだ恋愛対象圏内なんだけど、残念」
 チカ用に愛の時限爆弾にチェーンを通しながら、幸太郎が時人の耳元にささやく。
「俺、さゆりちゃんと付き合い始めちゃったから」
「ええ?!」
 突然大声をあげた時人に、チカがびっくりした大きな目で二人を見つめる。
「あ、ごめん。急に幸太郎が変な事言うから」
「変言うなよ。俺がサユリーナとつきあってるって言ったら、チカちゃんおかしいと思う?」
「ううん。すごくお似合い」
「でしょう」
 ニコニコと微笑みあう二人を眺める時人だったが、次の瞬間に息が止まるかと思うようなことを幸太
郎が言い出すのでだった。
「で、チカちゃんは彼氏とかいるの?」
 ドッキーーーーン。
 明らかに体がゆれてしまうほどに時人の胸の中で心臓が高鳴る。
 凝視はするなと恋心を隠そうとする時人は思うのに、目はまっすぐチカへと向ってしまう。
 そのチカが少し頬を赤らめてかわいらしく微笑む。
「はい」
 だがあまりに素早いチカの返答に、高鳴っていた心臓が、わすかばかり混じっていた期待のドキドキ
から悲哀のドキドキに変わっていく。
「あ、……そうなんだ」
 幸太郎も思いがけない言葉に、一瞬言葉に詰まりながらも笑顔で返答する。
「弟の手術のあとにお世話してくださってた看護師さんで、とっても優しい方なんです。弟もお兄ちゃ
んができたみたいだって喜んでたら、本当に君のお兄ちゃんになってもいいよなんて言って」
 あきらかにのろけて言うチカが「変なこと言わせないでください」などと言って幸太郎の腕を叩いて
いる。
 それを幸太郎が笑顔で受け止め、時人は引き攣った笑みを返す。
「これ、ありがとう。大切にしますね」
 チカがご満悦の顔で去っていくのを見送り、時人がガクっと肩を落とす。
「見事玉砕」
 ポンと肩に手を置かれ、時人が勢いよくその手を振り払う。
「別に好きじゃないかったし」
「またまた強がっちゃって。だいたいさ、おまえの愛の時限爆弾のデーターなんだっけ? 物腰が柔ら
かくて、贅沢を嫌ってて、優しく抱きしめてくれる家族的な人だっけ? それって絶対にみっちゃんだ
と思うけどな。みっちゃんで手をうっておけ」
 うな垂れる時人に、幸太郎がおもしろそうに言う。
「あれのどこが物腰が柔らかいんだ。ただ現実じゃないファンタジーのフアフアした世界に住んでて、
分けわかんない異常な趣味してて、時々ぼくを動物扱いレベルで抱きしめるだけじゃないか!」
「それでも条件にはぴったりはまる!」
 ドーーンとラブ拳銃をうつように、幸太郎が時人の胸に向って手でつくった拳銃を発射する。
「なに? わたしのこと呼んだ?」
 そこに顔を出した美知子に、時人が顔を赤くする。
「ぼくの恋人は科学だぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 今日もほのぼのと暖かい空気に包まれた大学の中を、時人の悲鳴が響き渡るのであった。



                               〈了〉


back / top / あとがき
inserted by FC2 system