実験 7  飲めよ、食べよの大宴会だぜ!  





 相変わらず時間無視の朝っぱらからでも、学食のレストランには人が必ず何人かたむろっている。24
時間営業ではないにしろ、そのうち何時間を対応しているのだろうと、時人は疑いたくなるのだった。
「はーい、お待ちどうさま。モーニングデラックスセット」
 白い三角巾をしたおばちゃんが、トレーを時人の前に差し出す。
 それを黙って受け取ろうとした時人に、おばちゃんが声をかける。
「あんただろう。号外に載ってた期待の星ってのは」
「さあ?」
 面倒だとばかりに肩をすくめてとぼけた時人だったが、運悪くというか背後から抱きついてきた人物
がおばちゃんの言葉を肯定する。
「よ! 期待の星の時人ちゃん。今やこの大学の顔よ。もっと愛想よくね。笑顔笑顔」
 しっかりと体重をかけて肩に圧し掛かってくる幸太郎が、トレーを持っていて抵抗できない時人をい
いことに、両の頬を指でつまんで口角を上げて無理やり笑顔を作らせる。
 口元は(強制)笑み、目元は怒り沸騰というアンバランスで幸太郎を睨みつけた時人だったが、幸太
郎は極上の笑みで目を細める。
「ねぇ、えっと、上条くん? あとでサイン頂戴ね」
 いつの間にかカウンターに増殖していたおばちゃんズが、声をそろえて「お願いね」と叫ぶのであっ
た。


 押し黙ったままモサモサと食事をする時人と、その正面に一杯のコーヒーを出社したお偉いさんのよ
うに書類を読みながら渋い赴きで楽しむ幸太郎。
「おまえが活字を読んでいる姿なんて初めて見た」
 口にスクランブルエッグを放り込みながら言う時人に、幸太郎が書類の向こうから顔を覗かせて苦笑
いを見せる。
「人のことを脳タリンみたいに言わないでくれる。これでもちゃんと時人ちゃんと同じ工学部の学生な
んですから。一緒の講義とったこともあるでしょ?」
「教科書はも見ないで、隣りに連れた女のふともも見てた」
「……それ、時人の勝手の思い込みだから」
 がっくりと肩を落とす幸太郎を見ながら、時人がはじめて笑みを浮かべてみせる。もちろん、かわい
いというよりは、クソ意地悪い笑みではあったが。
「あ、二人そろってる!」
 そこにふって湧いたのは、いつでも元気ハツラツ○ロナミンCな女、美知子。
 美知子は当然のように時人の隣りに座ると、時人のモーニングセットのトレーの上にあったヨーグル
トを手に取る。
「ちょうだい、これ」
「……って、もうフタとってんじゃん」
 了解を取る前に、すでに食べる気満々でスプーンを構えている。
「いただきま〜す」
「だから、まだいいって言ってないけど」
 そんな時人の小言の合間に、一口目が美知子の口の中に消えている。
「それにしても、時人がきっちり朝食食べるって珍しくねぇ?」
 そう言ってコーヒーをすする幸太郎も、毎朝このコーヒーのみという生活スタイルだ。時人に至って
は、家にいればファンランの奇声で起されて無理やりにお粥を口に流し込まれるのだが、大学に泊り込
んでしまうときにはヨダレを垂らして机で気を失うようにして眠り、寝ぼけたボサボサ頭のままフラフ
ラと講義に向うという欠食小僧だった。
 それがきっちりとサラダにパン、スクランブルエッグにカフェオレ。ヨーグルトとグレープフルーツ
という食事をとっているのだ。
「……ゆりさんが、ちゃんと食べないとダメだって………」
 俯き加減でカフェオレを口にする時人を、幸太郎がおもしろそうに見下ろす。
「ふ〜ん、ゆりママがね」
 揶揄を含んで言えば、殺気すらこもった睨みを向けてくる時人だったが、反論するでもなく食事を荒
っぽく開始する。
「ところでさぁ、さっきから幸太郎ちゃんは何一生懸命読んでるの?」
 フタについたヨーグルトまで舐めている美知子が言う。
 それを見て顔をしかめた時人が、パンを一つ美知子に差し出す。当然、美知子は大喜びだ。
「あ、これ? 今度の学祭でさ、俺実行委員なんてめんどいものを仰せつかっちゃってさ」
「学祭もうすぐだもんね。わたしはさゆりちゃんと出し物やるんだよ」
 美知子はそう言うと、パンを口にくわえて立ち上がってポーズをとる。腰の前で両手を構え、右手を
斜めに突き上げて回すとピースマークにした手を目の横に構える。
「……なにそれ……」
 時人が異常なものを目にした顔で美知子を見上げる。
 だがポーズが決まった美知子はご満悦でガッツポーズだ。
「秘密だもん」
「あ、そう」
 関心ないしとグレープフルーツに取り掛かる時人を、意味深な笑みで美知子が見ていた。
「その出し物なんだけどさ、時人と俺も組んでやらないとならないらしんだけど」
 なにげない調子でサラリと言って書類をめくる幸太郎に、時人の手が止まる。
 出し物を、幸太郎と組んでやるだって? このぼくが!
「ヤダ!」
「そんな即答すんなよ。悲しくなるから」
 うそ泣きで目尻を拭ってみせる幸太郎に、時人がグレープフルーツにスプーンを突き刺して叫ぶ。
「絶対にヤダ! こんなバカ女たちのやるようなバカ踊りに誰が参加するか!」
「バカ踊りじゃないし!!」
「学祭なんて出てやるものか!」
「時ちゃんのバカーーーー!」
 どんどんと論点がずれて叫びまくる怪獣を目の前にした気分で、幸太郎が無言で二人を見上げる。
 元気な奴らだな。その元気を分けてもらいたいくらいだよ。
 幸太郎は胸の内でため息をつく。
「みっちゃん、ホラ。ケーキでも買っておいで。おごり」
 幸太郎はまずは美知子を宥める作戦にでる。
 美知子の前に財布を差し出し、ケーキの単語に叫ぶのをやめた美知子に微笑みかける。
「うん」
 ケーキにすっかりと釣られた美知子が、幸太郎の財布をホクホクと抱えて走っていく。
 今度は気難しい天才君を丸め込まないと。
 全て拒否だと全身の毛を逆立てたネコのような時人をみやり、スプーンのささったグレープフルーツ
を気の毒そうにみる。
「時人。グレープフルーツにスプーン刺すなんてかわいそうだろ」
「グレープフルーツに痛覚はない。そんなたわごとで話を反らそうとするな!」
「わかった、わかった」
 幸太郎はイスから立ち上がって時人を宥めるように肩を叩くと、イスに座らせる。
「出し物っていっても、別にみっちゃんたちがやるみたいなことしろっていうんじゃないんだよ。おま
えの今回の開発を来場者に見せるっていう真面目な企画なんだって。パメラが搭載した新たな機能を体
感してもらおうっていう」
「パメラを?」
 怒りから一気に驚きに変わったらしい時人に、幸太郎が真面目な顔で頷く。
「今回の学祭にはおまえとパメラ目当てで来る人だっているんだ。その人たちへのパフォーマンスだよ。
これはただのお祭り騒ぎの一環じゃなくて、今後のおまえの研究の助成金にも関わる企画なんだから、
天才君も積極的に参加してくれないと」
 疲れすら滲ませたため息をつかれて、時人は申し訳なさそうにうな垂れて頷く。
 とそこへ幸太郎の携帯電話への呼び出し音がなる。
「……はい。あ、チカちゃん? ……うん。豪勢に頼むよ。材料費はこっちで持つから。……全然OK。
フカヒレでもキャビアでも伊勢海老でもなんでも。……うん。楽しみにしてるから。………ホテルのバ
イキングみたいにね。よろしく!」
 電話を切った幸太郎を見上げ、時人が言う。
「そのフカヒレとかキャビアってのは何?」
「これも学祭の準備なの。俺も多忙なのよ。だから駄々捏ねないで手伝ってよね」
「……うん」
 素直にうなずく時人の隣りに、皿にケーキを5つも並べた美知子が戻ってくる。
 お礼とともに返還された財布を受け取りながら、幸太郎が時人に一枚の紙を差し出す。
「俺の企画ではこんなの予定してるんだけど、パメラでここまで出力するのは無理か?」
 時人は企画書に書かれた内容と図解に唖然とした顔をして幸太郎を見上げたが、挑戦的に眉を釣り上
げて笑う幸太郎の顔を目にして、開けていた口を閉じた。
「できるか?」
「……天才に不可能はない」
「じゃ、期待してるから。映像については俺も口出すからな。コンセプトは美しき幻想だからね」
 念を押して指さす幸太郎に、時人はイスから立ち上がると不敵に笑って頷く。
 天才の闘争心にスイッチがはいったらしい。
 そして食べかけのスプーンが刺さったままのグレープフルーツの乗ったトレーは、そのまま取り残さ
れる。
「ところでみっちゃん」
 ホッペがおちちゃいそうに、両頬を両手で包んでケーキをおいしそうに食べる美知子に幸太郎が言う。
「みっちゃんとさゆりちゃんにも、ご協力願いたいんだな」

back / top / next
inserted by FC2 system