Chapter 9  The world is full of absurd. In any time , in anywhere 


 ちょうどその頃、マメが引き連れたダニエルとメリラの脱出が続いていた。
 階段を上がりながら、突撃してくる兵士たちをマメが正確に撃ち抜いていく。
 男たちが声もなく倒れる。
 その死体が血を流すのは全て同じ眉間の真ん中。
 反撃の余地も与えずにマメが進んでいく。
 階段を昇りきって祭壇裏から礼拝堂に出ようとしたところで、マメが二人にそこに待機の
合図を出してその場に座り込ませる。
 背後を振り向いたマメは、ネズミやグアルグが追ってこないことを確かめ、祭壇の裏を目
掛けて体を躍らせた。
 マメの動きに反応してすぐに銃弾が飛ぶ。
 背後の壁が銃弾にはじけ飛ぶ。
 それを横目で確かめながら、スナイパーの位置を予想していく。
 銃弾が飛んでくるのは二方向からだ。
 まずは一方の動きを止める。
 マメは銃の中に残った弾数を確認して目を閉じる。
 残りの段数は二発。
 これで一人は倒さないと苦しい戦いになる。
 今のところ侵入者を止めるための助けを期待することはできない。
 緊張に上がっていく息を飲み込み、目を閉じる。
 頭上で再び壁が破壊され、内部の木目が裂かれて外気に晒される。
 その瞬間にマメは祭壇の上に身を躍らせてスナイパー目掛けて一発を放った。
 サッと物陰に身を潜める男と、同時に銃口を向けられなかったもう一歩の男がマメに狙い
を定める。
 男が身を起こし、ライフルと肩に掛ける動きを察知したマメは、銃口を別の男に合わせた
まま、腕の下からナイフを放った。
 ライフルの弾が発射される。
 それを宙返りをうってやり過ごしたマメが祭壇の上に着地したとき、ナイフを喉に受けた
男が崩れ落ちていた。
 そしてもう一方の男が頭を出した瞬間を狙い済まし、最後の弾丸を発射する。
 その一発がヘルメットの中で男の頭を弾けさせていた。
「ダニエル、メリラ!」
 マメの一声で階段から恐る恐る顔を覗かせた二人に、マメが顎をしゃくる。
 それにダニエルが頷き、メリラの手を引いて歩き出す。
 マメは倒れた男のライフルと肩に担ぐと先を急いだ。
「あんたたち。どうしてこんなところにまだ!」
 聞こえたキャンディス母さんの声に、ダニエルとメリラがすぐさま反応して堪えていた涙
を目に浮ばせる。
「ああ。泣いている場合じゃないんだ。ハンナとカオスは?」
 すでに体中に血糊を浴び、顔や腕に傷を負っているキャンディス母さんだったが、まだス
タミナに余裕がありそうだった。
「地下水路からはリザルトが攻めてきていたの。だから今カオスが応戦してる。その間に逃
げろって」
 ダニエルが涙声で応じれば、キャンディス母さんが二人を抱きしめながら舌打ちする。
 そして喉に巻いていた声帯感知で音を伝える無線で鯉蔵お父さんに連絡を取る。
「あんた。計画変更だよ。地下水路は使えない。正面突破しか道はない。だから正面爆破で
敵の侵入を経つのはやめだ」
 声高に言うキャンディス母さんの腕を引き、マメが言う。
「爆破して。でも、マメ、外に出たところで。みんなは別ルートで脱出」
「何言ってんだい!」
 そんなことはさせられないと完全に否定したキャンディス母さんだったが、その腕をぎゅ
っと握ったマメが首を横に振る。
「マメ、普通と違う。アルカディアで訓練された。だから大丈夫」
 強情に言い切るマメに、キャンディス母さんは眉を寄せ思案する。
「マメしか止められない」
 逡巡するキャンディス母さんの考えを肯定するように頷くと、マメが一人正面玄関に向っ
て歩きだす。
キャンディス母さんが手榴弾を一つ投げてよこす。
「死ぬんじゃないよ」
 キャンディス母さんの声を背中に受け、マメはライフルの銃身に弾を送り込んだ。


 倒した兵士の体を盾にして正面から飛び出した五秒後に、仕掛けられていた爆弾が弾けと
んだ。
 爆風に砂の上に転がりながら、マメは辺りを見回した。
 大気を揺るがせる爆音が頭上で鳴り続けていた。
 見上げればヘリがホバリングしてマメの上空を飛んでいた。
 ヘリに備え付けられた機関銃の一斉掃射がマメの周りに降り注ぐ。
 死体の下に潜り込んで弾をやり過ごすが、当てるつもりがないのか、死体を撃つ抜く音は
しなかった。
 代わって砂漠の上に降り立つ足音がした。
 恐れることなく堂々と歩を進める重々しい足音が、ゆっくりとマメに近づく。
 マメは死体を跳ね除けると、足の反動で起き上がり、近づいてくる男に向って身構えた。
「やあ、CK11。随分捜したよ」
「………」
 見覚えのあるワニの皮膚を持つ中年の男に、マメは声もなく後退さった。
 太い腕に迷彩柄のズボンを引きちぎるのではないかと思わせるほどに発達した肢。
 グアルグも怖いが、それ以上にこの男にマメは恐怖し、後退さる足を止めることができな
かった。
「なにを怖がっている。CK11。わたしはおまえに危害を加えるつもりもない。これまで
もなかったように」
 マメの脳裏に甦る映像があった。
 ズキンと痛んだ側頭部を片手で押さえながら、甦った映像の中と目の前の男を見比べる。
 記憶の中の男が今目の前へと進んできている。
 怪我をして動けずに転がされていたマメを、抱きかかえて医務室へ運んでくれた男がこの
ワニ男だった。
 受けたことのない親切に涙を流すと、何も言わずに頭を撫で手にキャンディーを一つ握ら
せてくれたのだ。
 アルカディア内部での出来事だった。
『おまえは二人の人間の夢をおさめた体だ。だから期待は大きいが、おまえへの負担も大き
いだろう。でも、苦しみの先には喜びが必ずあることを忘れてはいけない。ほら、がんばっ
てご褒美の飴玉のようなな』
 柔和な低い声が甦る。
 その声が過去と同じ声で語りかける。
「CK11。わたしとともに来るのだ」
 だがその声に頭を強く振って拒絶したマメが、半眼で男を睨み上げる。
「わたしはCK11なんて名前じゃない。マメだ」
 精一杯の強がりで宣言すれば、ワニ男が笑顔で頷く。
「いいだろう。おまえがマメだというのならそれでいい。さあ、マメ。おまえのいるべき場
所はここではない。アルカディアだ。さあ、行こう」
 ワニ男はそう言って一歩を踏み出し、マメに向かって手を伸ばした。
 だが再び後方に飛び退ったマメが迎撃の構えを崩さないままに叫ぶ。
「いや! わたしはカオスと一緒にいる。アルカディアには戻らない」
 そう叫んだ瞬間に、ワニ男の形相が激変した。
 柔和だった顔に憤怒のオーラが漂い、眉と眦がつりあがる。
「おまえの我がままは、不必要に命を散らせるということが分からないのか!」
 その地を揺るがすほどの怒号にマメは身を震え上がらせた。
 自分のカオスと一緒にいたいという思いが、カオス自身も助けてくれた一家をも巻き込む
闘争へと至らせた。
 その考えがマメの心を冷し、硬直させた。
「さあ」
 再び差し伸べられた腕に、マメの構えていた腕が下ろされた。
 抵抗する意味を見出せなくなっていた。
 カオスを救うため、今も家の中で震えているのかもしれない一家を救うためには、自分が
身をさし出しだすだけでいいのかもしれない。だったら。
 マメが男に向って歩き出す。
「マメ! 考え違いをするな。おまえの生きる道の自由を奪って詭弁を語る輩に惑わされる
んじゃないよ」
 キャンディス母さんの声と同時に、担がれたバズーカが吠えた。
 衝撃に体を後方に吹き飛ばされながらも、踏ん張って堪えたキャンディス母さんの頭上で、
打ち抜かれたヘリがヨロヨロと回転したかと思うと爆発した。
 降り注ぐ火の固まりやヘリの残骸を避けながら、マメはその様子をじっと黙ったまま見上
げるワニ男を見守った。
 ワニ男がおもむろに見上げていた顔を下ろし、キャンディス母さんに視線を合わせる。
「人間の女に、こんな見上げた戦士がいたとはな」
 ワニ男がフッと笑う。
 だが次の瞬間に地面を蹴って走り出していた。
 その先にいるのは無防備なキャンディス母さんだ。
 マメはワニ男を追って地面を蹴ると、その背中に激突していった。
 スピードでは分があるマメではあったが、持っているパワーは圧倒的に劣っている。
 激突してくることを予想していたよワニ男が、腕で防御してマメを弾き飛ばす。
「おまえの師がグアルグなら、グアルグの師がわたしだ。そんなわたしにおまえが叶うわけ
がない」
 弾き飛ばされたマメは砂の上に転がり、ワニ男は微動だにせずに立ち続けている。
 マメはホルスターに止めていたナイフを持って身構えると、間を空けずにワニ男に突っ込
んでいった。
 身構える男の腕に向けてナイフを突き出すかのようにみせて、フェイントをかけて身を沈
めると、膝の裏を蹴りぬく。
 だがそれでも微動だにしない男に、マメは蹴りつけた足を軸にして反動で男の背後にまわ
ると、がら空きに見えたわき腹目掛けてナイフを突き出した。
 ナイフがワニ男の服を切り裂き、その刃を肉の中に埋めるかに見えた。
 確かに切っ先はワニ男の腹にあたっていた。ただ突き進むことができなかっただけなのだ。
頑丈なワニの皮と鍛え上げた腹筋が刃の侵入を防いでいたのだ。
 今度はマメが突き出していた腕をワニ男に取られ、悲鳴を上げる番だった。
 握り締められた手首がミシリと音を立てる。
「諦めろ、CK11。おまえがあくまでも抵抗を続けるというのなら、今すぐおまえの腕を
へし折ってやる」
 締めた上に手首をあらぬ方向に捻じ曲げられ、マメは悲鳴を上げた。
「どうする? 一緒に帰るか?」
 拷問による説得に、マメは歯を食いしばって耐える。冷や汗が流れ、体の毛穴が開いて寒
気を背筋に走らせる。
 そんなマメを見下ろしていたワニ男のこめかみを、キャンディス母さんの構えたライフル
の弾が撃ちつけた。
 衝撃に首を大きく曲げたワニ男だったが、血は流れても致命傷には到底いたらない傷にす
ぎなかった。
「おまえは後で殺してやる! だから邪魔をするな!!」
 マメの腕を掴んだままにワニ男が吠えた。
 しかしそれがマメにとっては最後の攻撃の好機であった。
 音を立ててピンを引き抜いた手榴弾を、咆哮を上げた男の口の中に押し込んだのだった。
「銃弾でも打ち抜けない頑丈な皮膚を持っていても、体内は脆いだろう?」
 マメが笑う。
 キャンディス母さんのライフルが再び男の腕を撃ち、痛みに掴んでいたマメの腕を離す。
 砂の上に落ちたマメは頭を両手で覆ってしゃがみ込んだ。
 直後に起こったの爆発。
 マメが次に身を起こしたとき、そこには瀕死の状態になったワニ男の倒れた体が転がって
いた。
 キャンディス母さんは家の中から子どもたちと鯉蔵父さんを引きずり出している。
 マメはワニ男の死体に近づくと、その顔を見下ろした。
 手榴弾で顔半分を吹き飛ばされ、痙攣する体を横たえたワニ男が、残った片目でマメを見
る。
 意志に反した痙攣に体を跳ねさせながらも、その目は静かな光をたたえてマメを見ていた。
「わたしは自分の意志で生きる。それが苦しみをもたらしても。一人で生きるために逃げる
ことはしない。一緒にいてくれる選択をしてくれた人たちを否定しない」
 言ったマメに、男は瞬きを一つした。
―― おまえの意志のままに
 男の目が告げていた。
 次第に痙攣が治まり、男の目からも光が消えていく。
「部隊長。あなたにもらったアメ。まだ大事にとってあるよ」
 マメはそう告げると開かれたままのワニ男の瞼を手の平で下ろし、背を向けた。

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