Chapter 8   Little hand has a big gun 
(小さな手に大きな銃)



 どこからハンナが湧いて出たのかと思えば、カオスが隠れていた壁のへこみにはさらに奥
があり、別の部屋と繋がっていたのだ。
 口をきっちりふさがれたままにハンナに後ろ歩きで引きずられていく。
 そしてやっと隣りの部屋に入るなり、入り口を仕切る穴に暗幕が垂らされる。
 背中から突き飛ばされ、暗闇の中で転がったカオスだったが、思いの他ふんわりとした感
触のものの上に落とされる。
 ハンナがランプに火を入れる。
「ひゃあ。おまえ俺を犯すつもりじゃ!」
 突き飛ばされていた先がベッドであることを知ったカオスが慌てて起き上がろうとする。
「顔に似合わずなかなか賢いわね」
 ハンナはカオスの胸に足を置いてベッドの上に押し倒すと、獲物を捕らえたヴァンパイア
の如く笑みを浮かべる。
 もちろんそんなものは存在しないが、カオスの目には異常に長く尖った犬歯が見えた気が
した。
 震えるカオスの上に顔を寄せるハンナに両手で抵抗してみるも、まるで目で追うまでもな
い攻撃だとでも言うように、両手でカオスの手首を掴んでしまう。
 寄せられた顔にカオスはギュッと目を瞑った。
 耳に吹きかけられる息は生温かく、今にもハンナの舌が耳たぶを嬲るのではないかと心臓
が跳ね上がる。
「怯えてるあんたもなかなかセクシーねぇ」
 羞恥心に顔がカっと熱くなる。
 だがいつまで経ってもそれ以上の接触は訪れず、代わりに手首が離される。そして腹の上
に大きな塊が落とされる。
「今はあんたを襲って楽しんでるほど暇じゃないのよ。訓練よ」
 メリラに渡されたハンドガンなど目ではない大きな拳銃が腹の上に置かれていた。
「ちゃんとあんたにも戦力になってもらわないとね。使い方をちゃんと覚えなさい」
 サイレンサーが装着された銃は、ずっしりと重く、命を奪う武器だということを嫌が上で
もカオスの中に刻み込んだ。
 ベッドの上で慄くように銃を眺めるカオスの隣りに、ハンナも腰を下ろすとイタズラ心を
覗かせた顔を見せる。
「あんたならできるよ。わたしが見込んだ男だもの」
 その言葉にチラっとハンナを見やったカオスだったが、次のハンナの行動に度肝を抜かれ
た叫びを上げそうになる。
「こっちのガンも早く成長させてよ」
 ハンナの手が躊躇いもなくカオスの局部を握っていた。


 どこまでも続く地下の廊下を走り回りながら、マメは額に浮いた汗を拭った。
 ここにはいったい幾つの部屋があるのだろう。本当にアリの巣みたい。
 そしてもう一つの疑問に首を傾げる。
 メリラもカオスも一体どこに隠れてしまったのだろう。
 ついさっきは確かにカオスの気配を感じて追いつめた気がしたのに、攻撃を加えた場所は
もぬけの殻だった。
 メリラはここで遊び尽くした達人だろうが、カオスは自分と同じくはじめて足を踏み入れ
た場所なはずなのに、こんなにうまく身を隠せるものなのだろうか?
「どっかで寝てる?」
 いつもの何をするにも面倒がっている背中を思い出し、マメはう〜んと唸る。
 颯爽と銃を構えてビシッと決めたカオスよりも、ケツを掻きながらイビキをかく姿のほう
が容易に想像できるのであった。
「もう、カオスいい。メリラ見つける!」
 そうと決めればマメの行動は決まっていた。
 地面に四つんばいになり、地面に鼻を擦りつけるようにして匂いを嗅ぐ。
「えっとメリラの匂いは」
 どこかまだ乳臭いメリラの体臭を捜したマメは、嗅ぎ分けた匂いに顔を上げた。
「あれ、これハンナ………」
 シャワーでも浴びてきたのか、石鹸の匂いの混じったハンナの体臭に首を傾げたが、すぐ
に続いて見つけたメリラの匂いに目を輝かせる。
「見つけた!」
 四つんばいのままに手足に力をこめたマメが地面を蹴って疾走しはじめる。
 これで「ワンワン」とでも鳴けば、まさしく犬の大疾走であった。


「このヘタクソ!!」
 ハンナの怒号にカオスは首をすくめる。
「そんなに怒ることないじゃないか。初めてなんだから俺」
「いいや。あんたには感性ってものが欠けてる。男としての猛々しさが感じない」
「うるさいなぁ。イヤイヤやらされてるんだからやる気がでないだけだよ」
「はん。負け犬の遠吠えね」
「うるせぇ!」
 シュンという音を立ててカオスの手から放たれた弾は、全く見当はずれもいいところ、的
ではなく天井の岩を削って突き刺さる。
 虚しいほどにサラサラと砂が天井から崩れ落ちる。
 ベッドの上で足を組んであきれた顔で眺めるハンナも、もう何も言うまいと決めたらしく
首を横に振るだけだった。
「ああ。本当にやる気しねぇ。銃なんて大嫌いなんだよな。戦闘って感じしないし、実力で
命張って戦わずに火力でものを押し通すなんて――」
 ぶつぶつと文句を垂れながら銃に弾を込めなおすカオスを見ながら、ハンナは腕組みした。
銃の扱いには慣れてきたようだが、やる気を起させるにはどうしたものか?
「なぁ。達成につきご褒美が出ればやる気でる?」
「ご褒美?」
 面倒そうに振り向いたカオスに、ハンナがニマっと笑う。
「たとえば、そうねぇ。的の一番外の枠に当てられたらキスさせてあげる」
「はぁ?」
 そんなのちっとも褒美じゃないしと言いたそうな嫌気のさした顔に、ハンナが目を怒らせ
る。
「それはわたしなんかとキスしたくないと言いたいのかい?」
「……いやいや、まさか」
「だったらキス程度では満足しないってことね。だったら二番目の枠が胸タッチ。三番目の
枠がベッドの中でイチャイチャ。真ん中だったら」
 ハンナが色気よりもハンターな目でにやりと笑う。
「お好きにどうぞ」
「あ、そう」
 視線だけでもねっとり舐め上げられた気分で、げんなりしながらカオスがハンナに背を向
ける。
 だったら的を狙わずにはずせばいいだけじゃんか。
 ハンナに背を向けていることをいいことに、カオスがニンマリと笑う。
 そして見当違いの方向に向けて銃を放つ。
 弾はカンと音を立て跳弾し、鏡を打ち抜いて跳ね上がる。
「え?」
 そして呆然と見守るカオスの目の前で、弾は見事的の中央を打ち抜いたのであった。
「ほんと、カオスってば正直ね。そんなにわたしの体が欲しかったの」
 してやったりと背中に抱きついてくるハンナ。
「いや、そんなことは。って、おい、やめろ――。……やめてーーー!」




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