Chapter 8   Little hand has a big gun 
(小さな手に大きな銃)



 抱き上げたマメがカオスの腕の中で「うが〜」と唸り、むにゃむにゃと口を動かす。が、目を覚
ます気配はなく、腕の中だというのに酷い寝相で手足をばたつかせる。
 そのマメの肘が頬にめり込み、カオスがムッと顔を顰めながらも、落とさぬようにマメの体を
抱きとめる。
「くそ! 人が親切にお姫さま抱っこしてやってるのに」
 マメの肘の痕をつけて丸く赤くなった頬。
「なんて優しいお父さんでしょう。わたしたちの子どもが生まれても、そんな子煩悩でいてね」
 不意に横から耳元に唇を寄せられ、カオスが飛び上がって逃げる。
「誰がわたしたちの子どもだ。それに、マメは俺の子じゃねえ!」
 そんな雑言は聞こえないよ〜と、ハンナはカオスに投げキッスを送って自分の部屋へと消えて
いく。
 その後ろ姿にアカンベーを贈り、カオスはマメと自分に与えられた部屋に入る。
 木の床に二枚、薄い毛布が置かれていた。
 マメを床に寝かせ、毛布をかけてやれば、見事にくるくると寝返りをうちながら体に毛布を巻
きつけていく。
「マメ、起きてるの?」
 その見事な巻き付けっぷりに声をかけても、返ってくるのは気が抜けるほど平和な「プープー」
という寝息のみ。
「ああ、……寝てるのね」
 カオスは僅かな荷物を詰めたカバンからタオルを取り出すと、丸めてマメの頭の下へ枕代わり
につっこんでやる。
 マメがそのタオルを手繰り寄せ、子どもが親指を吸うような仕草でタオルを口に含む。
 カオスはその寝顔にふっと笑みを漏らす。
 ツンと頬をつつけば、張り裂けんばかりに膨らんだ頬が柔らかく指を押し返す。
「結構かわいいじゃん」
 カオスは自分も毛布に包まって床に寝転がると、改めて感じる全身から染み出す疲れに目をつ
むる。
 いろんなことがあり過ぎだ。
 マメを拾い、リザルトと戦い、砂漠を死にそうになりながら横断し、殺人鬼の群れの中を突っ
切り、地下鉄に乗って、ピースとはぐれ、不思議な武装一家に拾われ、そのうちの逞しいお姉ち
ゃんに迫られ………。
 思い返しながら、うつらうつらと眠りの中へと引き込まれていく。
 そういえば、マメはアルカディアの実験体だって……。あれ………、どんな…意味………。
 答えは夢の中では出せなかった。


 何事も起こらずに無事に迎えた朝。
 再び腹いっぱいになるまで朝飯を食べたカオスだったが、働かざるもの食うべからずの法則で、
キャンディス母さんのいいつけでしっかりと働かされているのだった。
 といってもやらされているのはただの子守り。
 メリラとマメを連れて危険がない範囲で遊んでくるようにと指示されたのだ。
「で、何したいの?」
 両肩が抜けるのではないかと恐怖を感じるほど、右腕にはメリラが、左腕にはマメがつる下が
り、競って暴れている。
 俺は遊具じゃねえんだぞ!
 笑顔の額に血管を浮かせてマメを睨みつければ、鈍感娘は全く感知せずにニヘラニヘラと楽し
そうに笑うばかりだった。
「えっとねぇ。ギャングかくれんぼ!」
 メリラが叫んで走り出すと、呆然と立ち尽くしていたカオスとマメを手招きした。
「こっちこっち」
 この砂漠でかくれんぼなんて、そんな酔狂な遊びができるのか?
 そんなカオスの疑問を晴らすように、メリラの体がふっと砂漠の砂の中に消える。
「メリラ、消えた!」
 マメも不思議そうにカオスを見上げて言う。が、その顔は好奇心に溢れて今にも駆け出しそう
だった。
 案の定いきなり全速力で駆け出したマメを、繋いでいた手で止めたカオスは、ちゃんと言うこ
ときかないと怒るぞ! と説教してマメを膨れさせる。
「メリラ、どこ?」
「分かってるよ。ちゃんと見つけに行くよ。でも、マメはここのことは何も知らない通りすがり
なんだから、メリラみたいに動き回ると迷子になってミイラになっちゃうぞ!」
 そのカオスの言葉に、マメは砂漠で見た白骨死体を思い出して顔を青くして首をふるふると振
る。
「そう。いい子にしてなさい」
 賢いお兄さんになった気分でえらそうに頷いたカオスは、マメを引き連れて砂漠の砂の上を歩
き始める。
 すると先ほど消えた辺りから再び顔を覗かせたメリラが叫ぶ。
「遅いよ! 早く早く」
 カオスとマメが顔を見合わせて走り出す。
 メリラが入っていこうとしているのは、砂漠に作った地下豪のような穴倉だった。
 入り口には砂で覆っていた鉄板の入り口があり、メリラが覆いの麻の布ごと払っている。
「カオス、入り口開けて!」
 鉄板の取っ手を示してメリラが命令する。
「へいへい」
 カオスは手渡された手袋をして鉄板を持ち上げる。
 サラサラと砂が暗い穴の中に滑り落ちていく。
 暗い穴の入り口には階段が下へと続いた。
「さあ、ここがわたしたちの訓練場よ」
 メリラが自慢げに言うと、肩から斜めに掛けていたカバンから何かを取り出した。
「はい。カオスとマメの」
 手にのせられたのは、黒光りする拳銃だった。


 辺りを照らし出すのは揺れ動く蝋燭の炎。あらゆる影が不気味に蠢き、実体がどこにあるのか
を見誤らせる。
 地下への階段を下りると、そこにはアリの巣のような無数の部屋に分かれた地下室が出現した
のだった。
 子どもが遊ぶために作った空間なのだろう。手づくりのすべり台やブランコ。バケツやシャベ
ルなどの遊具が転がっていたが、同時に明らかに何度も打ち抜く練習につかわれたのだろう射撃
の的や、ナイフが突き刺さったままの人型などが無造作に置かれている。
 カオスは手の中でずっしりとした重みを伝える拳銃を見下ろしてため息をついた。
 最初はびっくりして落としそうになった拳銃だったが、こめられている弾が実弾ではなくビー
ビー弾であることに気づいてため息をついた。
 だがこんなものでも当ればかなり痛いし、目にでも当ろうものなら失明する可能性だってある。
『だから気をつけながら撃つんだよ。顔を狙っちゃダメ。狙うのは足。いい?』
 メリラがマメに先輩として忠告を与えている。そしてマメも重い拳銃をじっと見下ろしながら
素直に頷いている。
 だがそれに続いたマメの動作には、カオスもメリラも度肝をぬかれたのだった。
 拳銃を使い慣れた者の動作で安全装置を外すと十メートル先の的を狙い、打ち抜いたのだ。
 もちろん一瞬で弾かれてしまう弾が正確にはどこに当ったかなど目で追いようもなかったが、
円の中心を掠めるのを見た気がしたのだ。
『マメちゃん、すごい!』
 メリラの褒め言葉に嬉しそうに頭を掻いたマメだったが、カオスは恐ろしいものを見る気分だ
った。
 メリラも当然この遊びに慣れているだろうし、マメはあんなに優れた射撃の腕を持っていた。
それに引き換え……。
 カオスは拳銃の撃ち方一つ分からない状態だった。
「えっと、ここが安全装置で、ここを引っ張って弾を押し込んで」
 拳銃を見下ろし、ゆっくりと復習するカオスの背後で足音がした。
 壁の段差の陰を利用して身を潜めていたカオスは、ぎゅっと体を壁に押し付け、息を殺して足
音の人物を探した。
 マメだった。
 身を低くして辺りを伺いながらサッと物陰に進む身のこなしはなかなかだった。
―― ふふふ、マメか。からかってやれ
 カオスは用意していた仕掛けを足で作動させた。
 とはいってもたいした仕掛けではない。部屋の真ん中に横たわっていたダンボールや頭上の蝋
燭立てを細い糸で繋いでおいただけだ。
 足を左右に振れば薄暗い部屋の中でダンボールがガサガサと音を立て、頭上の蝋燭がユラユラ
とゆれる。
 すかさずダンボールに向ってビービー弾を発射したマメが、「ヤー」という掛け声とともにダ
ンボールの上に飛び乗り、思い切りのいいパンチを振り下ろす。
「へ?」
 攻撃するなんてありか?
 カオスが呆気に取られるのをよそに、ダンボールにはマメのこぶし大の穴が開き、あまりに大
揺れしたダンボールに、頭上の蝋燭立てから溶けた蝋が零れ落ちる。
「うあ、アチ!」
 予想外の仕掛けの結果にカオスはクククと笑いを口の中で殺す。
 頭や首をこすって踊っているかのように暴れるマメの姿がおかしかったのだ。
 だがマメ相手に余裕はあまりない。
 猟犬の鋭さでダンボールと蝋燭立てを繋ぐ糸を見つけ出す。
 もちろん糸の先にはカオスの足だ。
―― うわ、やば! 見つかったら殴り殺される。
 カオスは大慌てで足首に縛り付けていた糸をほどきにかかった。
「バカ。ほどくよりも切ればいい」
 耳元でした声に「あ、そうか」とカオスがナイフで糸を切る。
 が、次の瞬間、声の主の存在を理解して悲鳴を上げそうになった。
 その口をがばっと覆った手が、カオスの体を宙に舞い上げる勢いで引きずる。
「カオス、めっけ!」
 マメが叫びを上げながら、先ほどまでカオスのいた場所に回し蹴りをくれる。
「……あれ、誰もいない」
 マメがキョロキョロと辺りを見回していた。
 そして不意に体を固めたマメが叫びを上げて逃げていく。
「カオス違うなら、おばけだ〜〜〜〜!!!」
「ふふ。かわいい」
 耳元で囁いたハンナを、フガフガと息ができないと訴えながらカオスが睨みつけていた。




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