Chapter 2  Arkadhia



 きっちり二時間で目を覚ましたグアルグは、反動一つでベッドから飛び起きると大きく首を鳴らして
大あくびをしながら部屋を出た。
 小さな同僚との相部屋は汗臭くかびたような臭気に満ちていたが、それは一歩外の廊下に踏み出して
も変わらない。
「臭ぇな。相変わらず」
 グアルグが言えば、通り過ぎた同僚たちが揶揄のようにしていう。
「それは仕方ねぇ。ここは野獣の集まりだ」
 そう言った男の腕は大量の毛で覆われていた。そして腕も人間にはあるべくもないほどに太い。ゴリ
ラの遺伝子を受継いでいる体なのだ。
 男は自分の腕の毛を自慢げに示し、グアルグの失笑を受ける。
 そんな二人の間を通り過ぎていく細い腰をこれ見よがしに振って歩く女は、黒豹の尻尾でゴリラ男の
横っ面を叩いていく。
「あんたたちみたいな野獣のせいで臭いのよ。わたしみたいなレディが住む場所じゃないわね」
 ボブヘアに切りそろえられた真っ黒な髪を揺らし、紫の尖った瞳孔をもつ黒豹女がグアルグに向き直
る。
「グアルグ。部隊長がお呼びです。あと五分遅れたらヒゲを全部抜いてやるとおっしゃってましたよ。
すでにそれから4分経ってますが」
 軍隊長の秘書を務める女の言葉に、グアルグは肩をすくめた。
「近頃は、ヒゲもねえような面の男のほうが清潔感があってもてるんだろ?」
「あなたに清潔が語れるとは思いませんでした」
 ニコリともせずに告げられた言葉にグアルグは目を上向かせると、わかったと示して作戦本部に向っ
て歩き出した。
 そして通り過ぎざまに女の尻を思い切り掴み上げ、微笑みかける。
「もっと締まった肉のほうが俺は好みだが、相手がいなくて欲求不満になったらいつでもどうぞ」
 その言葉が終るか否かのうちに、女の紫の瞳孔が収縮し、鋭く剥かれた牙と爪がグアルグの頬を狙っ
て繰り出される。
 唸りも激しく飛び掛った女を軽くいなし、グアルグが女をゴリラ男の腕の中に殴り飛ばす。
「唸り声もなかなかセクシーだぜ」
 グアルグが投げキッス一つを残して走り去る。
 残されたゴリラ男と黒豹女は、消化できないフラストレーションを抱えたまま、大きくため息をつく
のであった。


「お呼びですか? 部隊長殿」
 ドアを開け放って遠慮一つなく足を踏み入れたグアルグの足が、塵一つなく掃除された部屋の床に泥
や干からびている不気味な物体を撒き散らす。
 それを目線で追って見たトニーノは、投げ出していた足を机から下ろすと座りなおした。
「きっちり二時間で現れるあたりは律儀だと思うけど」
「命令を無視しておいて、お呼びですかはないだろう」
トニーノのあきれた声の後を、部隊長の低い声が続ける。
だがそんな声は耳に入っていないのか如くにトニーノの横に腰を下ろしたグアルグが、部隊長を見上げ
て用件を言えと目で示す。
そんな傍若無人が許されるのも、アルカディアの闇の部隊にあって彼が最強であるからに他ならない。
「上からの命令に変更が生じた」
「変更?」
「CK11に関してだ」
 その一言でグアルグの顔色が変わる。全てに関心をなくして傍観を決め込んだような熱意の消えた顔
が、瞬き一つで引き締まる。
「CK11は捕獲から抹殺に命令が変わった」
「抹殺?」
 地を這うような声がグアルグの口からもれる。
「このままCK11にアルカディアの外の世界をうろつかれては機密が漏れる」
「あれは簡単に機密をもらすようなものではない」
「……おまえの意見は聞いていない。これは命令だ」
「聞けないと言ったら?」
「……おまえにも抹殺命令が出る」
 その部隊長の返答に、グアルグはおかしな話を聞いたかのようにクククと笑いを漏らす。
「できるならやればいい」
 自分を殺すほどの人材がいるならば。そして自分を簡単に手放せるなら。
 グアルグは揶揄するように冷え切った笑みを部隊長に向けると、話は終ったと立ち上がる。
「貴様、なにをするつもりだ?」
 荒い声で叫んだ部隊長に、グアルグがドアに手をかけながら振り返る。
「俺はCK11を取り戻す。誰にも殺させない。あれを殺すも生かすも決めるのは俺だ。誰にも口出せ
はさせない」
 それが世界を動かす理だいうように言明すると、グアルグがトニーノに目をやる。
 トニーノが鋭い視線にさらされて身じろぎする。
「何をしている!」
「何って。次の命令までは休みだろ?」
「おまえに休みを与えた覚えはない。すぐに出るぞ」
 顎をしゃくって先を示し、部屋を出て行くグアルグにトニーノが叫ぶ。
「どこへ?!」
「CK11捜索だ!」
 トニーノはドアの向こうに消えたグアルグの声に、正面の部隊長を見た。
 だが諦めたように首を横にふる部隊長に指示を求めても埒があかないと理解し、仕方なしにグアルグ
の後を追った。
 トニーノに与えられれた仕事はグアルグの監視。暴走と迷走を続けるグアルグを止めること。
 そんなこと俺にできるわけねぇだろ!
 心の叫びを作戦室に残し、トニーノは走り出していった。

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