らぶりーデートになればいいな?

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〈慎編〉
「うん、うまいなぁ。さすが絵美だ」  海老フライの尻尾を口から出したままに手放しで褒めれば、絵美が紙コップにお茶を注ぎ ながら、ちょっとびっくりした様子で目を見張りつつも、満面の笑みに変わる。 「うん、その海老フライね、冷凍じゃないんだよ。朝、海老を剥いて二匹一緒にして大きな 海老フライにしたんだから。パン粉も手作りだし」  自慢げにお茶を飲みながら講釈する絵美に、慎もいつもは聞き流すところをウンウンと頷 きながら聞いてやる。  ここらで点数を稼いでいい雰囲気にならないと、最後の観覧車で勝負に持ち込めないから な。  頷く笑顔にも力が入ってしまう。  それにしてもよくこんなにたくさん作ったもんだ。  慎は目の前に広げられている弁当の量に、それだけでゲップが出る気がした。  たくさんのカップルや親子連れが同じようにレジャーシートを広げている芝生だったが、 親子四人の家族よりも、慎と絵美の前に弁当の方がデカイ。  なんといってもお重箱である。まぁ、絵美らしくキティーちゃんのお重箱ではあるが、や っぱりお正月以外にはあまりお目にかからない慎には、その三段重ねのお重箱が今ここにあ るのが不思議でならなかった。  黒の漆塗りな弁当箱の中に並ぶのは、特大海老フライに唐揚げ、鳥にチーズ巻き揚げ。ハ ムのマリネに、白身魚の南蛮漬け、オーロラソースのかかったキッシュ。  おにぎりも梅、サケ、コンブと揃っているのに、特別メニューで豚キムチおにぎりまでそ ろっている。  もちろん定番の甘い卵焼きと出し巻き卵、タコさんソーセージにキューリの浅漬けも入っ ている。  これがどれもウマい。  俺って幸せ者。  食べるだけで笑顔になる慎だったが、箸で重箱の中からおかずを摘む度に、同時に不安も よぎるのだった。  一口食べるごとに「うまなぁ」と褒める慎に笑顔を向けている絵美。  おまえもしっかり食べろ。ほら、甘い卵焼き大好きだろ、と絵美の取り皿に取ってやりな がら、でも、これみんな慎ちゃんのために作ったから、絵美のこと気にしないでドンドン食 べて、などと返される。  こんなに俺一人で食えるかよ………。  おにぎりだけだって四つもあるんだぞ。っていうか、それだけで十分ですってくらいだ。  しかもバスケットの中から弁当取り出すときに手伝って見ちゃってるんです。まだ、あの 中にタッパがあるのを。 「あのね、デザートも作ってあるからね。慎ちゃんの大好きなプリン」 「……ああ。……楽しみだな」  一瞬暗い声になりそうなのを、一気にハイテンションで、涙目になりながら言って慎はサ ケのおにぎりに齧りつく。  あの、俺はスレンダーが売りのビジュアル系のバンドマンで、腹なんて出るわけには……。  慎は心の中で叫びながら、すでに苦しくなっているパンツのウエストに目をやった。  く、くるしい………。  こうなるといつもは大好きな揚げ物が最も辛い難関に見えてくる。  今も手にした海老フライが、さっさと食べきれと自分でも思うのに、思うように口の中に 入っていかない。ちびりちびりと齧り進んでいく。  その目の前では絵美が笑顔でモクモクとおにぎりを食べ進んでいる。  あ、俺はまだ二つ目消化中だっていうのに、絵美はもう四つ目だ………。  食べるのに集中していたせいで、絵美がどれだけおかずを食べていたのか分からないが、 四つあった海老フライが今ゼロだということは、絵美が確実に二尾は食べている。  大きな口で「あぐ」などと効果音付きでおにぎりに齧りつき、笑顔でモグモグモグモグ。  この小さな体のどこに、あれだけの量の食料が吸収されていくのでしょう。  慎は驚異の宇宙を目のあたりにしたように、絵美の体を眺めた。  ここは絵美の脅威の胃袋もフル活用しつつ、なんとか。  慎はお重箱から一番デカイから揚げを取り上げる。 「絵美、ほら、アーーーン」  普段なら絶対にしない声で絵美の前に差し出す。 「アーーーン」  それに絵美は、餌をかかげられた犬ように、条件反射で口を開ける。  そこに唐揚げを放り込んで、笑顔の下で「よっしゃ、一つ難関消化!」と叫ぶ。  だがこの作戦が裏目に出る。 「わたしも慎ちゃんにアーーーンやってみたい」 「あ、いや……」  どうしてそっちへ行く?  そう思っている慎の目の前に、絵美が新たなおにぎりを差し出して「アーーーン」と言い 始める。  このタイミングで飯ですか? 鬼ですか、あなた。一番腹にこたえるそんなものをセレク トするなんて。そうかい、これはフードファイトかい。  なんだか慎には、これがラブリーな恋人同士のランチ風景ではないく、相対して交互にウ ォッカを飲みあい、どちらが先に潰れるか勝負する、あのハードでロックな風景に思えてく るのだった。  あああ。俺のラブリーデート作戦が………。  涙を流したい気分になりながら、慎は絵美の差し出すおにぎりを笑顔で齧るのであった。
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