らぶりーデートになればいいな?

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〈絵美編〉
 おもいっきり絶叫マシーンで叫びまくった絵美は、上半身を覆っているベルトを握ったま ま笑顔で胸にためていた息を吐くと笑顔で隣の慎を見た。 「怖かったけど、おもしろかったね」  当然、俺は全然平気だったけどなの余裕の顔がそこにあると思っていた絵美だったが、実 際にあったのは青い顔をして俯いた慎の姿だった。 「あれ? 慎ちゃんどうしたの? あ、もしかしておしっこちびっちゃった?」 「ちびるかぁ!」  これには勢いよく返答した慎だったが、ガクンと揺れて止まったジェットコースターに尚 のこと顔が青くなっていく。  先にジェットコースターを降りた絵美が振り返って慎に手を差し伸べる。 「慎ちゃん大丈夫?」  声をかけた絵美に、慎はその手を握りはするが、目を合わせようとはしなかった。  せっかくの遊園地だというのに、その顔にあるのは悔しそうな沈んだ青白い顔。  沈黙のままで、周りのキャッキャとはしゃいでいるカップルや女の子の中を歩いて行く。  何か言わないといけないかなと慎を見上げた絵美だったが、どうも聞いてくれそうにない 顔つきに口を尖らせて黙り込む。  そんな絵美など一切見ずに、慎は一目散に近くのベンチまで歩いて行くと座り込む。  いつものカッコつけなんて忘れちゃったみたいに、座るとすぐに腹のあたりを抱えてうず くまる。  ああ、慎ちゃんの一大事!  ここで慎がかなりピンチであると悟った絵美がオタオタと自分のバックの中を探る。そし て厚手のタオルを取り出すと自分は立ちあがってベンチの上にそれを畳んで置く。  そして少々荒っぽい手つきで慎の頭を持つと、そのまま横に倒す。 「な、なに?」  こんなところで、はっきりいって絵美が慎をベンチの上に押し倒しているような体勢にな っていることに、さすがに蒼白の慎も抵抗の声を上げる。  が、絵美は真面目顔で慎の顔を覗きこむと、だだっ子を叱る母親のように顔をしかめる。 「慎ちゃん、メ! ちゃんと絵美の言うこと聞いて。まずは横になって」  その言葉で自分をベンチの上に寝かせようとしているのだと気づき、慎もおとなしくベン チに横になる。  その頭上にギラリと輝いた太陽に目をしかめれば、絵美はハンカチで慎の顔を覆ってくれ る。 「なんか死んだ人みたいになってる気がするんだけど」  苦笑交じりで言われ、絵美も腕を組むとう〜んと唸って慎の姿を改めて見下ろす。 「本当だ。……でもちょっとだけ我慢しててね。すぐに帰ってくるから」  絵美はそう言うと、側の自動販売機まで走った。  こういうときはきっと、水分補給をした方がいいんだと思う。  絵美はバックから小学生のときに自分で作ってから使い続けているクマ型の小銭入れを取 り出すと、ジュースを買いはじめる。 「え〜っと、慎ちゃんはいつもコーラ飲んでるからコーラ。あ、でも具合悪い時はお茶かな ? あ、スポーツ飲料がいい気もする。……もしかしたら慎ちゃん朝飯食べてこなくて具合 悪いのかな。だったら甘いのがいいからつぶつぶオレンジジュース」  そんな調子でドンドンとボタンを押した結果、両手からあふれて落ちそうなくらいのジュ ースを抱えて戻ることになる。  冷たいジュースの缶やペットボトルに手が痛くなり、でも離せない苦渋の中で慎の元まで 来た絵美が叫ぶ。 「慎ちゃん、助けて〜〜! 手が取れちゃうよぉ」  半泣きの声で絵美が叫べば、ハンカチを被って寝ていた慎が飛び起きる。 「絵美?」  勢いよく起き上った慎が顔からハンカチを払い落し、慌てて絵美の姿を捜したが、目の前 で山ほどジュースを抱えておかしな格好をしているのを見ると、思わず笑い出す。 「なにその格好」  ひじの辺りから滑り落ちそうな缶を腰を捻って支え、滑って飛んでしまいそうなペットボ トルを顎で抑え、なんともアクロバティックな姿で立っている。 「笑ってないで、助けてよぉ」  もう我慢できないと叫ぶ絵美に、慎は慌てて立ち上がると落っこちそうなジュースを手の 取っていく。 「ていうかさ、なんでこんなにいっぱい買ってくんだよ」 「だって慎ちゃんが何飲みたいか分からないんだもん。コーラかなって思ったけど、すっき りお茶もいいかもしれないし、風邪ひいたときみたいにスポーツ飲料がいいかもしれないで しょう。っていろいろ絵美も考えたんでもん」  プっと頬を膨らませて言う絵美に、慎も思わず情けない顔になって笑う。 「俺のために悪かったな」  ポンと頭に手をおかれ、絵美は膨れた顔のまま慎を見上げたが、すぐに笑顔になって歯を 見せて笑う。 「顔色良くなってきた」 「ああ、そういえば、絵美が助けて〜なんて叫ぶから、具合悪いのもすっ飛んだ」  苦笑いしながら胃の辺りを撫でる慎に、絵美が「よかった」とほほえむ。 「慎ちゃんが具合悪くなったら、絵美のお弁当食べてもらえなくなっちゃうもん」 「大丈夫、それまでには治るから」  意地でも治そうとしているように、慎が拳を握ってみせるのを見つめ、絵美が慎の隣に腰 を下ろす。 「でもまずは、もうひと遊びの前に休憩」  絵美はそう言うと慎のためにコーラの蓋に手を掛ける。 「やっぱり慎ちゃんはコーラ飲むんでしょう?」  ペットボトルの蓋をキュっと捻る絵美。  だが次の瞬間に「キャーーー」と周りも振り返る悲鳴を上げることになる。  蓋の隙間からコーラの泡ぶくが溢れ出す。 「絵美、おまえ振っただろう!」  なんとか慎の枕用にと置いてあったタオルを広げて助けた慎だったが、膝から滴り落ちた コーラが足元にボタボタと垂れていく。 「振ってないよ。落としたけど」  絵美が自信たっぷりに言いかえす。  それを呆れた目で見おろしながら、慎が濡れた足も拭いて行く。 「まったくこのドジめ!」  だが怒られた絵美の方は、世話してもらえることが嬉しいらしくニヘラと笑うと手の中の 残ったコーラを口にする。 「うん、たまにはコーラもおいしいね」 「あ、おまえ。それは俺のだろう」  立ち上がった慎が絵美からペットボトルを奪い取る。 「いいじゃん、ちょっとくらい」 「ちょっとって、大半おまえが零しちゃってるだろう」  そう言った慎が、一瞬ペットボトルの口を眺めてから、コーラを飲みほす。  そして飲み干した慎の顔が、なんだか嬉しそうなのを、不思議に思いながら眺める絵美だ った。
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