らぶりーデートになればいいな?

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〈慎編〉
「うわぁ、すごい。夢の国みたい」  手をつないだ絵美が子どもそのもののよろこび方で、ピョンピョンと飛び跳ねている。  目の前にあるのはゴーゴーと轟音を上げ、乗客が空間全体に響き渡る悲鳴を上げているジ ェットコースターを背景に、巨大観覧車やメリーゴーランドなども楽しめる遊園地だった。  園内のそこかしこにメルヘンな飾りが壁に飾られていたり、豪勢な花のバスケットが置か れていて、そのたびに絵美はカメラを構えたり「天使の国。天使の国」を連呼して喜んでい る。  天使の国って、そりゃ、天国ってこと? ある意味、俺の気分はそれだけど。  満面の笑みでいつ駆け出していくか分からない絵美に翻弄されながら、慎は疲れた顔で花 の間を飛び回っているハチをボーっと眺める。  働きハチ君。君はずっと女王のために一生働き続けて、疲れることはないのかい? ぼく は少々疲れたよ。この予想できないアンビリーバブルなお嬢様の面倒をみることは、きっと 俺以外にはできまいよ。  思わずフっと達観した笑みを洩らし、慎は飛び去っていくハチの尻を見送った。  遊園地に着いてこれから遊ぶぞ! というまさにその時である今、どうして慎がここまで 疲弊しているかといえば、もちろん絵美の常識知らずな行動を抑えるという重大任務にかな りの力を費やしてしまったからだ。  どうして俺、地元の遊園地で手を打たなかったのかな。あ、そうだ。地元だと、俺のこと 知ってる奴らがいるから、なるべく普段の俺でなくても違和感ないところへ行きたかったん だ。だから、わざわざ電車を乗り継いで、こんな遠くの遊園地まで来たのに……。  その道中、絵美は三度行方不明になっていた。  まずは少し大きな駅まできて乗り換えしようとした瞬間に、絵美がいないことに慎が気付 いたのだ。 「絵美?」  声をかけても返事はなく、小さな絵美が人垣の中に埋もれているのかもしれないと、嫌な 顔をされながらも人をかき分け絵美を探しても姿はなし。  まさか誘拐?  冷や汗が出て顔から血の気が引きそうになったら慎は駅員に相談。  駅員二名と慎で二十分捜索した結果、絵美は駅構内のパン屋さんの前で発見された。  絵美本人の談によれば、あまりに素敵な出来だったから、つい見るだけだと思っていたの に店内に入っていって、作り方を聞いたりしちゃってて………。  本気で「すいません。お世話になりました」と駅員たちに頭を下げる慎の横で、絵美はど うしたのかわからない顔で、パンを詰めた紙袋を抱えていた。 「あのなぁ、おまえ団体行動って小さい時に習っただろう。自分勝手に行動するなよ。行き たきゃ俺に声掛けるとかさ」  呆れ半分で説教すれども、絵美は一応「うん」と頷きつつも目はパンの入った紙袋の中。 ゴソゴソと漁って、ひとつのパンを引きずり出す。 「あのね、これイケメンパンって言うんだって。いけてるメンってことで、焼きそばとナポ リタンと、なんと肉うどんが入ってるんだってよ。慎ちゃんにいいと思って」  笑顔で差し出された巨大三食パンに、慎はただうなだれてパンを齧るよりなかった。  二度目は乗り換えの電車で降り損ねて次の駅まで迎えに行く羽目になるし、三度目は入園 の券を慎が買っている間に、団体で遊びに来ていたおじいちゃん、おばあちゃんの一団に 「かわいいねぇ、うちの孫もここに連れてきてやりたいよ」なんていう話に付き合って着い て行ってしまい、大声で「えみ〜〜〜〜〜!」と遊園地の入場門で叫ぶ結果になったのだっ た。そのときの「なにぃ? 慎ちゃん」の呑気な顔に、思わずこぶしを握ってしまうほどだ った。 「ねぇ、慎ちゃん、どれ乗りたい?」  すっかり絵美のお守に疲れて正気が彼方へ飛ん行ってしまっていた慎に、絵美が周りの乗 り物を見まわしながら尋ねる。 「ん? なに乗っか?」  適当に返事をしてしまった慎だったが、いや、これではダメだ! と自分に気合を入れ直 す。  俺は、ただ遊園地を楽しむために来たわけじゃないんだ。目的は俺と絵美の恋人関係を一 歩先に進めるため、断じてお子ちゃま絵美の面倒を押し付けられたわけじゃないんだ。ここ は、この機会にカッコイイ俺をもっとアピールして、夜の観覧車までムード盛り上げないと。  そう慎の最終プランは、夜景の見える観覧車の中でのムーディーなキスなのだから。 「よし、絵美、ジェットコースターに乗るぞ!」  急に元気に叫んだ慎に、絵美も同調すると「オオーー!!」と拳を振り上げる。  その顔があまりにかわいらしくて、今までの苦労も水に流せる気持ちになれる慎であった。
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