らぶりーデートになればいいな?

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〈絵美編〉
 わくわくして乗り込んだ観覧車だった。  絵美と慎が乗り込んだのはお気に入りの赤色で、手を繋いで少し風に揺れる観覧車の中に 足を踏み入れる。  そして背後でドアを閉められてカギが掛けられる。  その瞬間、絵美の心がドキンと跳ねた。  あ、これって完全に二人っきりの空間なんだぁ。  そう思っただけで、急にほっぺが熱くなってくる。  こんなに狭いところに二人だけでいるんだと意識すると、隣に座った慎の体温が伝わって くる気がして、二の腕の辺りがこそばゆくなる。 「あ、見て、キレイ!」  絵美は不自然な自分にドキドキし過ぎて、特に目当てがあるでもなく窓の外を指差した。 「ああ、本当だな」  だが自分でも予想外に隣の慎が同意してくれた。 「ここからだと海が見えるんだな」 「あ、本当だ」  慎の言葉で初めてじっくり外の景色をみた絵美が感激の声をあげて立ち上がる。 「うわぁ! 慎ちゃん、見て見て! ここからだと波が銀色に見えるんだね。すごい! こ んなキレイに見えるんだぁ」  深い青緑色に広がる海と、その水面に小さく立つ銀色のさざ波が、密閉されたこの空間の 中にも清々しい風を運んできてくれる気がする。  はじめに外の景色を指さしたくせに何も見ていなかったことがバレバレな発言だったが、 慎は特に何も言わずに繋いだままの手を引く。 「絵美、あんま急に立ち上がったりするな。これ観覧車で、あんまり揺らすと落ちるから」  そう言われて不意に立ち竦んだ絵美が振り返れば、慎がおもしろそうに笑っている。 「そんなに簡単には落ちないだろうけどな」  そう言って慎が絵美の手をゆっくりと引くと隣に座らせる。  絵美はひとまず腰を下ろして周りを見回し、観覧車がぐらぐらとは揺れていないのを確認 する。  そして観覧車がのんびりと空に向かって上っているのを見ると、ホッと胸をなでおろした。  そんな絵美を、慎が横から見下ろしてクスリを笑う。  その笑いに慎の顔を見上げれば、すっと伸びた手が絵美の頭をポンポンと叩いて撫でる。 「今日は楽しかったな」 「うん」  慎の学校では見られないリラックスしきった優しい微笑みに、絵美は嬉しくなって思いっ きり頷く。 「慎ちゃんと一日中一緒にいられて、絵美、幸せ。これからもずっと一緒にいたいな」  心の底から出た言葉だったが、言ってから急に再び完全密室であったことが脳裏をよぎっ た。  そしてやっぱり赤くなる顔で慎を見上げれば、目の前の慎の顔もなぜか真赤だった。 「慎ちゃん、顔赤いよ」  絵美の指摘に、慎がぷいと顔を背け、手で頬を覆う。 「うるせぇ。絵美が急にバカ正直かこと言うから。……なんか逆プロポーズみたいなこと言 いやがって」  言い訳しながら、尚のこと慎の顔が赤くなって耳まで赤くなっていく。  逆プロポーズ。絵美から慎への結婚してくださいの言葉。 「あ」  絵美は自分の言ったことを思い返し、同じように顔を赤くした。  観覧車の中でタコのように湯だったカップル。  そんな想像がおかしくて、絵美がプっと噴き出す。  それを怪訝な顔で見てくる慎に、絵美は繋いでいた腕の頭をもたげて寄りかかる。 「絵美は結婚するなら慎ちゃんだと思ってるから、いいんだもん」 「結婚って……」  言葉に詰まっている慎を下から見上げた絵美に、慎が赤い顔のまま目を合わせる。 「絵美が毎朝エプロンでいってらっしゃいって見送ってくれるって?」 「うん」  なにか想像している慎の顔を見上げながら、絵美も新婚家庭の二人を想像してみる。  ピンクのフリフリレースつきのエプロンで慎のためにお弁当と朝ごはんを作って、それを 一緒に食べて、お仕事に行く慎ちゃんを玄関まで送っていく。そして『今日もがんばってね。 そして早く帰ってきてね』 それから………。  そこまで考えた瞬間、絵美は自分の思いに自然に浮かんできた光景に「あ!」と声を上げ、 顔を赤くした。  その絵美を慎がじっと見つめていた。  その目が、何かを期待し、同時に緊張した様子で瞬きを繰り返す。 「絵美、おまえ今何考えてた」 「………」  その問いかけに絵美が赤面して口を手で覆う。  その動作で慎が何もかも理解した様子で絵美の目の中を見通すように見つめる。  慎の腕が絵美の肩に回り、ぎゅっと抱き寄せられる。  そして急接近した耳元に慎が囁く。 「新婚さんの朝のいってらっしゃいには、絶対ついてるよな。大きなおまけが」 「え? 何の事かな?」  とぼけて目をそらした絵美だったが、その視界に観覧車が頂上に近づいている景色が映る。 何も空への視界をさえぎるもののない、飛び立てそうな青い空。手を伸ばせが触れそうな雲。 その間を飛び去っていくカモメの影。  慎の手が絵美の頬にかかる。  その動きがあまりに優しく、震えるほどにそっと触れる慎の指に絵美は恥ずかしくなって 俯く。 「絵美、行ってきますのキスしてもいい?」  慎の声が耳元にかかってくすぐったい。 「慎ちゃん、ここからどこに行ってきますするの?」  その場違いな返答に、慎は天空に浮かんだ観覧車のドアを見る。 「なんなら、あのドアから行ってきますしちゃおうかな?」 「そんなことしたら死んじゃうでしょう」  絵美はクスクスと笑うと、慎の顔を見上げた。  ほんの少し動いただけで鼻と鼻がぶつかってしまいそうな距離。  じっくりと慎の顔を見つめようとすればするほど、目が中の寄って行ってしまう。  ああ、なんか目が回る。  そんな絵美に、不意に慎が顔を離すとプっと噴き出す。 「絵美、何、その顔!」  指さされて笑われた絵美はムッと顔をしかめた。  でも、肩を抱いたままの慎の腕はそこにあって、笑いながら絵美のことを胸の中にぎゅっ と抱きしめる。 「絵美って最高。こんな予想つかない女、どこにもいないって」  慎はそういうと、不意打ちのように絵美の両の頬を手で覆い、チュっと短く唇に口づけた。 「あ」  ほんの一瞬のキスの感触に、絵美が小さく声を上げる。  そんな絵美に、慎がにやりと笑う。 「今度はもっとムーディーはキスな」  そう言いつつ、絵美の肩を抱く慎の手からは嬉しさが伝わってくる。  そんな慎を見上げて絵美が恥ずかしそうに言う。 「なんか絵美、今頭の中が爆発で、暴れ回りたい気分かも」 「お願いだから、今ここで暴れるのは止めてね」  慎が暴れさせてなるものかと、絵美をぎゅっと腕の中で抱きつぶす。 「ぎゃーーー。慎ちゃん、苦しいぃぃぃ!!」  絵美がもがいて暴れる。  その動きに、外から観覧車を見上げた人たちは思っていた。  やけに揺れる観覧車だな。落っこちてきたりして。  でもその中の二人の気分は、どこまでも飛んで行けそうなくらいに舞い上がっていた。  天上の楽園遊園地にふさわしく、ふわふわとどこまでも。                                 〈了〉
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