らぶりーデートになればいいな?

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〈慎編〉
「本当に申し訳ありませんでした」  ほっぺに氷の入った袋を押し付け、バーコードハゲのおじさんが「まぁ、いいから、兄さ ん。気にしないで」と気のいい笑顔で言う。  その前の慎は平身低頭で思いっきり謝っているというのに、絵美はまだ不可解だという顔 で元ドラキュラ伯爵の顔というか、頭を見ている。 「こら、絵美も謝れ!」  キツイ声で怒られ、ビクっとした絵美だったが、わけが分からないという顔のままに「ご めんなさい」と謝っている。 「まぁ、殴られたのは痛いけど、そんなにドラキュラ城の世界に入り込んでくれるお客さん がいるってことは、ぼくたちには仕事のやりがいがあるっていうか、貴重な自分のがんばり を確認させてもらえるチャンスというか」  そう言いつつも、「いたたた」と頬を押さえる姿には、慎は申し訳ない気持ちでいっぱい だった。  その後も何度も頭をさげた慎だったが、遊園地の事務所から出てため息をつく。  今も遊園地の中には楽しげな笑い声と歓声が溢れ、日常から切り離された夢の世界が展開 されていたが、慎は見事にそこから入場資格取り消しを受けて追い出されてしまった気分だ った。  ああ、やっちまったなぁ。せっかく絵美とのデートに遠出してきたのにな。  頭上を覆うジェッチコースターのレールを下から見上げながら、慎がため息をつく。  その上をゴーゴーと音を立て、悲鳴を上げる客を乗せたジェットコースターが通り過ぎて いく。  それを横から見上げていた絵美が、握っていた手を引く。 「慎ちゃん、ごめんね。絵美のせいでしょ?」 「ん? まぁ、そんなかんじっていうか、そうじゃないっていうか」  こんなことになってしまった直接の原因は何? と聞かれれば、絵美の言うとおり、絵美 自身がアトラクションのルール無視で飛び出して行ってしまったことにあるのだが、その前 に慎が自分をカッコよく見せたいなんて思惑があったからこそ、起きてしまった事故でもあ った。だからこそ、あえて絵美が苦手な恐怖系を狙ったのだし、途中までは狙ったとおりの 王子様キャラで絵美を救ってやれたのだ。そして一瞬とはいえ、それに満足していたのは自 分だ。  だったら、最後の後味が悪かったとはいえ、責任は全て自分にあるのだし、それで気分が 萎えたと絵美に当たるのも大人げない。 「別に気にするな。おっちゃんも怒ってなかったし。男同士の拳の会話だとでも思ってくれ」   うまい言い訳もできずに下手くそに笑う。  ああ、これがステージの上で、慎としてではなく、シンとしてでなら、幾らでも王子様 キャラで悩殺スマイルを余裕で振りまけるのに。こと絵美の前では繕うことが難しい。 「ごめんね」  そんな慎の悲しい笑みに、絵美は泣きそうな顔で謝る。 「だから気にするなって。絵美にそんな顔されるほうが、俺はどうしていいか分からなくな るから。な?」  慎は繋いでいた手をぎゅっと握って無理に振りまわして歩き出す。  その慎の大きな動作に、体ごと引きずられるように歩きだした絵美だったが、繕って歌い 出した慎の鼻歌にクスっと笑う。 「なんだよ。俺様のボーカルにケチをつけるか?」  冗談めかして眉を寄せて文句を言った慎に、絵美が声をあげて笑う。 「だって、慎ちゃんにアニソンは似合わないでしょう」  そう言われれば、カッコつけの自分が歌うとは思えない、青いネコ型ロボットのアニメソ ングを口ずさんでいた慎だった。  思った以上に絵美の落ち込んだ顔にテンパってらしい自分に気づき、慎もはははと笑う。  ジェットコースターのレールの下を通り抜け、遊園地の中に戻った慎と絵美は、再び踏み 入れた夢の世界の華やかな彩りにふぅと息をつく。  高速系や回転系の乗り物は慎が酔うというケチがつき、恐怖系は絵美がNG。とりあえず 腹は空いていないので喫茶コーナーという気分でもない。  慎の視界に観覧車が見えてはいるが、一応予定ではもう少し暗くなってからということに なっている。  慎のイメージの世界では、眼下の夜景と星空を見ながら、二人手を繋いで……、なんて妄 想なのだ。  だが現実は、そんな時間までこの遊園地はやっていないし、そこまで絵美を外に連れ出し ているのもいかんだろうと朝会った絵美のお父さんの顔を思い出して思う。  だったら、もうそろそろいいかな。  慎は腕時計の午後三時の表示に心の中で思う。  ま、どうせムーディーなキスなんて、絵美とは期待してないし。  自分にそう言い聞かせて握っている絵美の手で観覧車を指す。 「なぁ、今度はあれ乗らねぇ?」  慎のその言葉に、絵美が赤や黄色、緑に塗られた大きな観覧車を見上げ、それから「うん」 と笑顔でうなずく。  それに合わせて朝結んでやった髪がピョンと跳ねる。  ああ、やっぱ、かわいい。そんでもって……。  つい慎の目は絵美の唇を見つめてしまう。  あの感触を味わってみてぇなぁ。  ふわふわ天国な遊園地のただ中で、慎は自分の煩悩と地獄の苦闘をしているのであった。
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