「幸せの夕日」

 太陽が夕方の空に溶け出していた。
 世界全体をオレンジ色に染めるように、ゆっくりとその暖かな光の色を空気の中に溶か
していく。
 空も、大気も、地面も、全てが朱に染まる。


 大地は縁側でその空を見上げながら、大きくため息をついた。
「俺は、何やってんだろうな」
 感傷でもない、無気力な呟きを口からもらす。
 何の苦労もなく大学に入り、毎日仲間と遊び歩く毎日。
 楽しくないわけではない。
 だが、こうして一人になると、その全てになんの意味があったのか? などと考えてし
まう。
 夏休みのこんな天気のいい日に、老人のように縁側で座り込む。
「幸せって何だっけ♪」
 下手な節をつけて歌うと、大地はそのまま縁側に寝転んだ。
 そこへ三毛猫のナーがやってきて、気持ちよさげに太った腹を顔に擦りつけた。
「お、来い、来い!」
 ナーを抱き上がる。
 だが、抱っこなどして欲しくなかったナーが顔の上で暴れると、手を引っかいた。
「イテ!」
 ナーを横に下ろすと、手の甲を見た。
 しっかりと三本、引っかき傷がついていた。そこに少しの血がにじむ。
 見上げた手の平も太陽の残光でオレンジ色に光っていた。
 その手を、再び逃げたはずのナーが覗き込むと、「ゴメンな」というように、ペロっと
舐めた。
「ナー」
 名前の通り、ナーと鳴くナーに、大地の顔にも笑顔が浮かぶ。
 そして、思った。
 こんなことが幸せなのかもな。
 胸の上に座り込むナーの背中を撫でながら思った。
 景色の全てがオレンジ色に変わっていた。

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