「奇跡のビー玉」


 真美は宝物入れをとりだし、幼稚園でともだちになった絵美に見せた。
 お母さんの作ってくれた水玉の巾着袋の中には、いっぱいのビー玉がはいっていた。
「うわー、真美ちゃん、いっぱい持ってるね」
 その一言で、真美は天にも昇る、晴れがましい気持ちになるのだった。
「あのね、これが一番のお気に入りなの」
 真美は袋の中から一つのビー玉をとりだした。
 それは、どこにでもあるような何の変哲もない緑色のビー玉だった。
「これ?」 
 絵美も少し怪訝な顔で、真美を見た。
「もっとかわいいのいっぱいあるじゃん。どうしてそれなの?」
 その問いに、真美は待ってましたとばかり微笑むと、ビー玉を太陽光にすかした。
「ねえ、ここわかる? ここにね、空気が入っているの。このビー玉ね、ラムネに入って
いたのをお兄ちゃんが取ってくれたんだけどね、きっとラムネのシュワシュワが、ビー玉
の中に入っちゃったんだろうね」
「へ〜! それってスゴイね」
 二人は歓声を上げてビー玉の中の空気の粒を見つめた。
 緑のトロンとした液体の中で、透明に輝く空気の粒が、途中で凍ってしまったような美
しさだった。
「ちょっと持たせて」
 絵美が真美の手からビー玉を取ろうとした。
 その瞬間、ビー玉が転げ落ちた。そしてそれは橋の欄干から下の川へと落下していく。
「あ!」
 見えているのに、手を伸ばそうとしたときには水の中にボチャンと沈んでいった。
 真美はその一瞬の間のあと、川の中に飛び込んだ。
「真美ちゃん!!」
 川の中に沈んでしまった真美に、絵美が悲鳴を上げた。
 完全に頭まで沈んでしまった真美の姿が、水の中から上がってこない。
「真美ちゃん!!」
 その横で、誰かが川へと飛び込んで行った。
 絵美の後ろで倒れた自転車の音。
 真美を抱えて川から上がってきたのは、真美のお兄さんだった。
「おい、真美。しっかりしろ!」
 制服を着たお兄さんが、水を飲んで苦しげに息をする真美の体を揺すった。
 その手から、ビー玉がコロリと音をたてて落ちた。
 そして役目を終えたように、ぱっくりと二つに割れた。
 それを拾い上げた絵美は、気がついた。
 ビー玉から空気の粒が消えていた。
「真美ちゃん!」
 絵美は真美の前のビー玉を差し出すと、空気の粒が消えているのを示した。
 それに、真美は笑って答えた。
「うん。絵美ちゃん。まみ、そのビー玉に空気もらったんだ」
「そうかぁ」
 うなずきあう二人に、お兄さんは当惑顔をして二人を見下ろしていた。
 緑色のビー玉が、誇らしげのキラリと輝いた。


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