第二章 息づく世界へ 




5

 ジュリアは出来上がっていく緑の庭園の様子をうっとりと眺めていた。
 退院はしてきたが、まだ絶対安静にしていよ! という父ジャスティスの指示で、ベットの上に拘束
されていた。
 見事に父の言いつけに忠実なお手伝いさんまで雇い入れ、ジュリアの無謀な行動を止めようと監視を
つけていた。
「そんなことされなくたって、しばらくはおとなしくしてるっていうのに」
 ぶつくさ文句を言っているものの、父の雇ってくれたお手伝いのおばさんの存在は実にありがたく、
内心は感謝していた。
 そのおばさんが適当なノックでジュリアの部屋のドアを開ける。
 ノックの音から1秒以内にドアが開くのだから、繕う暇もあったものではなかったが、親しみやすい
太めの体と黒い肌に似合うピンクのエプロンをしたおばさんが、笑顔でジュリアの様子をうかがった。
「ちゃんと静かに寝てるね」
「おやつの時間でしょ? 今日はなに?」
「今日はイチゴとキューイのロールケーキを作ってみたんだけど」
 おばさんがベットサイドのテーブルに、トレイを下ろす。
 その上には、紅茶が湯気を立てている白いカップとソーサー、そして随分と大きく切り分けられたロ
ールケーキが乗っていた。しかも2皿用意されたケーキのうち一方がやけに大きかった。
「わお! おいしそう!! でも毎日寝てるだけなのにこんなに食べてたら太りそう」
「ジュリアお嬢さんはもうちょっと太ったほうがいいんです。こんな風に胸もお尻もたっぷりしていた
方が、魅力的なんですよ」
 おばさんは自分の胸とお尻を示して体を揺すってみせる。
 確かにわさわさと揺れる大きな胸は、ジュリアには縁遠いものだった。
「確かにおばさんは頼れるし甘えられる存在としては魅力的だよ」
「女としてもです!」
 おばさんはテーブルの側にイスを引いてくると、いち早く大きなケーキの乗ったほうのお皿を手に取
った。
「さあ、食べて感想を聞かせてください」
 言いながらケーキにフォークをさし入れる。
「いただきます」
 ジュリアもベットに座った姿勢でケーキを口に入れた。
「おいしい! ふわふわで溶けちゃうよ。おばさん、料理の天才」
「料理も男を落とすテクニックですからね。あとで元気になったら教えて差し上げますからね」
 ウインクするおばさんがかわいらしかった。
 ジュリアはケーキをほお張りながら、壁にかかった大きなディスプレイの中の景色を眺めた。
 まるで森林の中でお茶を楽しんでいるみたいに気持ちがよかった。
「きれいな景色ですね。何かのテレビ番組で?」
 おばさんは大きなケーキの塊を口の中に放り込みながら、大画面のディスプレイを見つめた。
「ううん。これはね、わたしがコンピューターの世界の中に作った庭園」
「へえ〜。ジュリアお嬢さんは美人なだけじゃなくて、賢いんですね」
 そう言いつつ、回転していく画像の中で揺れる草花に、お茶をすすりながら目を細める。
「もう何年も帰っていないけど、わたしの故郷の景色に似てるかもしれないですね」
「おばさんの故郷って?」
「アジアのマレーシアって島国ですよ」
「そうなんだ。だったら似てるかもね。ここにある花や木はマレーシアなんかの南国で見られるものを
植えたところだから」
 おばさんのために木々の間を通る映像をゆっくりと進める。
「ああ、懐かしいね。これはベニノキですね。この赤いたくさんついた毛の生えたところが花でね、こ
の種からは赤い染料が採れるんですよ。よくおばあさんと集めては、庭で生地の染めものをしたもので
すよ。とってもいい香りがするんです」
 まるで少女のように目を輝かせるおばさんに、ジュリアは微笑んだ。
 自分の楽しみのためだけに作ってきた〈エデン〉の庭園が、思わぬところで人を喜ばせることができ
るらしい。
「これはわたしも知ってるよ。エンジェルトランペット。キレイだけど、実は幻覚性アルカイドを含有
しているから、食べると毒」
「そうなんですよ。これ食べたら狂い死ぬって教えられましたよ」
「やっぱり、そうなんだ。じゃあ、これは?」
 ジュリアは映像を地面に向けた。
 そこには白く細い花びらを伸ばしたユリのような花と、地面一面を覆うように広がった黄色い花があ
った。黄色の花からは白い羽のような花びらが広がり、まるで天使の卵のようだった。
「これはハマユウとパキスタキス。ハマユウは球根が毒です。パキスタキスは実はこの白いのだけが花
で、黄色いところはホウ」
「おばさん詳しいね」
「野の中で転げ回って遊ぶことだけが楽しみでしたからね。野原に生えているものなら、なにが食べら
れて、どんな味がするかなんてお手の物です」
 自慢げにドンと胸を叩くおばさんに、ジュリアが笑った。
「サバイバルになったら、わたしおばさんと逃げるわ」
「役立つこと間違いナシですよ」
 おばさんはそう言って笑うと、エプロンの裾でジュリアの口の端を拭った。
「クリームなんてつけて、かわいい子どもみたいですね」
 おばさんの手やエプロンから、甘くて柔らかな匂いがした。
 ジュリアは不意に心から力が抜けていくのを感じた。
 緊張して固くなっていた心がほぐれていくような心地よさ。
 ジュリアは太ったおばさんのウエストに腕を回すと抱きしめた。
「あれ? どうしました?」
 これがお母さんの大きさと柔らかさなのかもしれないと思いながら、ジュリアはおばさんの顔を見上
げた。
「おばさんのウエストを測ってあげようと思って。一応ウエストに手は回りました」
「まあ、ご親切にありがとうございます」
 おばさんは気を悪くした様子もなく、自分の腰を抱きしめているジュリアの頭を撫でた。
「こんなかわいい子は他にいないねえ」
 しみじみとした口調で言ったおばさんに、ジュリアは顔を寄せて目を閉じた。

 
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