第二章 息づく世界へ 




3

 ディスプレイの中が、緑の草原になっていた。
 まだまだ土がたくさん見えてはいるが、春先の牧場のようなのどかな風景の中で、イサドラがせっせ
と畑仕事に精を出していた。
 ペルはその光景をステキな絵画を鑑賞するように眺めていた。
 所々に植えられた木も順調に根を這ったようで、みずみずしい若葉が枝から芽吹いていた。
「イサドラ」
 ペルの声に腰をあげ、イサドラが手を振る。
 なかなか様になっているオーバーオールに長靴、麦藁帽子を被った姿が牧歌的だった。
「順調に育ってるね」
「うん。今ね、キャベツとレタスを植えてたんだよ」
「へえ〜。それはおいしいのができそうだね」
「でもね、虫がたくさん食べて穴開けちゃうんだよ」
 イサドラが示した画像がアップすると、確かに葉にたくさんの穴があき、緑色のイモムシがたくさん
張り付いていた。
「イモムシも、ご飯食べたいしね」
 ペルがそう言った瞬間、イサドラはイモムシの一匹を手にとってブチっと潰した。
「うわ、イサドラ。手で潰さないでよ」
「だってジュリアはなるべくイモムシに食べられないように、イモムシは駆除してって言ってたよ」
 イサドラがペルに抗議する。
「うん。それは分かるけど。…そうだ! いいこと考えた」
 ペルはポンと手を叩くと、イサドラに言った。
「ある海沿いにある木はね、塩水を吸い上げて生きているから、どうしても塩分が過剰に幹にたまって
しまうんだって。それを排出するために、葉っぱの何枚かを犠牲にして、そこに塩を集めて、枯れた葉
っぱを落とすんだって」
「ふ〜ん」
 イサドラがペルの言おうとしていることが分からないという顔でうなずく。
「だからね、イモムシだって生きたいと思っておいしいご飯を食べてるだけ。でもイサドラはキャベツ
を大きく育てたい。だったら、この木みたいに、イモムシに分けて上げるキャベツを何個か用意して、
そこにイモムシを移動させてあげたらどうかな?」
 ペルの意見に、イサドラが腕を組む。
「自然界にはバランスっていうのが一番大事だってことはイサドラも知ってるでしょ?
イモムシも成虫の蝶になって元気に飛び回って蜜を集めることで受粉してくれないと、来年の花のため
の種が作れない。だからジュリアも植物とセットで蝶やミツバチを〈エデン〉に作ったんでしょ?」
 ペルの説得に、イサドラは「そうか」と頷いた。
 そして近くのキャベツの上を這っていたイモムシを手にすると、隅っこでなっているキャベツの上に
置いた。
「これはイモムシさん用のキャベツだよ」
 いきなりの引越しにキョロキョロしたイモムシも、イサドラに言われてか、キャベツの葉を齧り始め
る。
 それを見てイサドラが微笑んだ。
「世の中はいろんなことが絡み合って動いているんだね」
 イサドラの言葉に、ペルが微笑んだ。
 イサドラが成長している。
「そうだね。誰かを大事にしたいと思ったら、ただ守るだけではダメなこともある。時々残酷に見えた
り、嫌なことに思えることにも、必ず意味があるんだよね。
 たとえ報われないように見えても、なし遂げるために愛情を注ぎ続けることも必要だし」
 害虫として見るイモムシも、いずれ自分たちの目を楽しませ、花の受粉をしてくれる蝶に変化する。
 わたしたちは、いったい何に変化していくのだろう?
 ペルは自分とジュリア、スイレイの関係を思った。
 ただ側にいて楽しいだけの関係が、少しづつ変化している気がしていた。
 ジュリアのスイレイへの気持ちがいい例だ。
 そしてわたしは…。
 そう考えて、自分のことが一番分からない気がして、その考えを放り投げた。
 つらいことが起こることもあるだろう。でもわたしたちなら乗り越えていけるはず。そんな自信がペ
ルの中には息づいていた。
 画面の中では、せっせとイモムシ集めをしているイサドラが元気に働いていた。



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