第一章 地球創造 


6


 一日パスを首にかけ、ペルとジュリア、そしてスイレイは遊園地のゲートをくぐった。
 晴天の空のもと、ペパーミントグリーンに塗られた屋根が目にも鮮やかなお城が目の前に建っていた。
 そのお城へと続く石造りの橋を渡ってお城の中を通り過ぎれば、夢の世界の住人だ。
「あ〜、いつ来ても、やっぱりこの道を進んでいるときがドキドキ」
 その声に振り返って見たペルは、煌くほどの笑みを浮かべたジュリアを見た。
 そしてスイレイに腕を絡めている姿も。
 ペルは慌てて目をそらすと、不自然なほど大きく手足を振って歩いた。
「ペル、歩き方がおかしいぞ」
 スイレイに後ろから笑われても、なんだか止めることができなかった。
「白雪姫に出てくる小人の行進みたいだぞ」
「いいの。白雪姫みたいにキレイなジュリアを先導してるんだから」
「いや〜ん。白雪姫?」
 しなを作って体をすり寄せるジュリアに、スイレイがありえないと頭を振る。
「イバラ姫だろ?」
「いばら? あのイバラで指さしてずっと寝てる姫? そんなの嫌!」
 プイっとスイレイから顔を背けたジュリアが、それでも腕は組んだまま歩き続ける。
 そんな様子を笑顔で見守っていたペルだったが、再び見上げたお城の色が、さっきよりくすんで見え
るような気がした。
 石造りの橋の下には、アクアマリンを溶かしたような見事な透明感を湛えた水が流れ、その川の流れ
にのって川くだりを楽しむ遊覧船の姿が見えていた。
「あとであれに乗ろうか?」
 ジュリアもペルと同じものを見ていたらしい。
「乗ろう、乗ろう!」
 ペルは前を向いたまま手を上げてジュリアに賛成した。
 なんだか一人前を歩くことが苦痛だった。
 いつもならジュリアと手を繋ぐのは自分だった。
 でも、今はジュリアの横に行くことが酷く躊躇われた。
 邪魔しちゃ悪いしな。
 ジュリアがスイレイを好きなんだという思いは、すでに確信へとペルの中で変わっていた。
 たぶんずっと子どものころから片思いを続けてきたに違いない。そしてあまりにも近い存在だからこ
そ、素直になれずに憎まれ口を叩いてしまうのだ。
 病気になったことで、素直にスイレイに甘えられるのなら、ジュリアにとって今がどうしても大切だっ
たのが良く分かる。今、普通の女の子と変わらない今だからこそ、スイレイと普通のデートがしてみた
い。
 全くもってわたしの存在は邪魔者にすぎないじゃない。でも今日一日は我慢してあげるよ。ジュリア
のために。
 ペルは心に決めると、城の中を通り過ぎたところで振り返った。
「写真撮ってあげる」
「じゃあ、ぼくが撮るよ。ペルとジュリアで並びなよ」
 カメラに手を伸ばそうとするスイレイに、ペルは首を横に振った。
「スイレイとジュリアを撮るの!」
 その常にはない強い口調に、スイレイが面食らった顔になる。
「いい女といい男のツーショットが撮りたい」
「…ペルったら、素直で困っちゃうわ」
 ペルの真意をくみ取ったのか、ジュリアはスイレイの腕を引いてお城の前に立つとポーズを決めた。
「どお? ペル。キレイに見える?」
 後ろに下がりながら、お城をバックに腕を組むスイレイとジュリアをファインダーに納める。
「OK、撮るよ」
 カメラ越しに見る二人の姿は、本当にお似合いのカップルだった。
 あまりに引っ付いてくるジュリアを、スイレイが上からしかめた顔で見ている。
「スイレイ、笑って」
 ペルの声に、不自然な笑みを浮かべたスイレイが顔をこちらに向ける。
「変な顔だよ」
「うるさいよ」
 だがそう言って笑った瞬間に、ペルはシャッターを切った。
「よし! もう一枚」
 張り切ってもう一歩下がったときだった。
「あー!ペル後ろ危ない」
 ジュリアの声を聞きながら、ペルは後ろにあった花壇のレンガにつまずいて尻餅をついた。
 おおきな花時計を作っていた花の中に、ペルが大の字に倒れる。
「大丈夫か?」
 スイレイとジュリアが走りよってくる。
 だが恥ずかしそうに起き上がろうしたペルを、ジュリアは花の中にガシっと押さえ込む。
「そのまま、フリーズ」
 なんだか分からずに固まったペルの手からカメラを奪い、ジュリアがその姿を激写する。
「お宝映像GET!」
 満足そうにニヤニヤと笑うジュリアに、ペルは飛び起きる。
「変な写真撮らないでよ!」
「まあ、怒った顔もかわいいわよ。ペル」
 そしてすかさずカメラを構えてシャッターを切る。
「はいはい。とりあえず花の中から出ようかね」
 顔を寄せてにらみ合う二人に、スイレイがヤレヤレと声をかける。
 ペルはスイレイに手をとられて花壇から抜けると、ジュリアの手からカメラを取上げた。
「このカメラは美人と美男子しか写らないの」
 カメラの頭を撫ぜ撫ぜしながら言うペルに、スイレイは怪訝な顔をし、ジュリアはアホかと肩をすく
める。
「だから、今日は、スイレイとジュリアを撮るのであって」
 力説するペルの頭を抱き、ジュリアがいい子いい子と頭を撫でる。
「ペルだって美人だよ」
 ジュリアがペルの耳元に囁く。
「わたしの次にね」
 そう言って飛びのくと、スイレイの元に走って行った。
「さあ、今日は楽しむぞ!!」
 スイレイの腕をとって走り出す姿を、ペルはカメラに収めた。



 ぐったりしたスイレイがベンチに座るペルの元へ、ふらつきながら歩いてくる。
「あいつは鬼だ。本当に病人なのかよ。あいつが病人なんて絶対嘘だ」
 青い顔で歩いてきてベンチに座り込んだスイレイが、心底疲れた様子でうな垂れた。
「ジュリアに何回つきあったの?」
 スイレイが指を三本立てる。
「ジェットコースターに三回連続かぁ」
 手にしていたジュースを差し出すと、スイレイが受け取って飲み始める。
 その二人の頭上に声が降りかかる。
「スイレイ! ペルーーー! 楽しいよぉ!!」
 ゆっくりと頂上目指して登っていくジェットコースターの最前列で、ジュリアが手を振っていた。
「元気だよね、ジュリア」
 そういうペルの目の前でジェットコースターが勢い良く落下していく。
 そのあとに続いた高い悲鳴と、レールを滑る轟音。
 両手をベルトから離したジュリアが、視界の向こうに消えていく。
「見てるだけでわたし、ダメみたい」
 ペルはジェットコースターから目をそらすと、隣りのスイレイを見た。
 そのスイレイは半分惚けた表情で、ジュースのストローをくわえていた。
「今でも体がフアフアして、いきなり右に引っ張られたり左に倒されるような錯覚がする」
「大丈夫なの?」
「たぶん」
 うつろな目のスイレイを、ペルはちょっと気の毒に思いながら見つめた。
「その顔を写真に撮ってもいい?」
「ダメ」
 スイレイはペルにジュースのカップを返すと、青い顔のままベンチの背に寝そべった。
「あ〜、気持ち悪い」
「ちょっと休めば? 横になってもいいよ」
 慌ててベンチから立ち上がろうとしたペルに、スイレイはその腕をとって座らせる。
 そして「よっこいしょ」と掛け声を自分に掛けると、ペルの膝に頭を乗せて寝転んだ。
「ああ、気持ちいいー」
「……聞きようによっては変態チックに聞こえる発言だけど」
「ペルも言うようになったねえ」
 そう言いつつ、スイレイは一向に頭を上げようとはしない。
「ペルはさ、優しくていい子だよね。目立たないけど、弱ってるときに癒してくれる野の花みたいにさ
」
「野の花? たんぽぽみたいな?」
「たんぽぽか。どっちかっていると、フアフアの綿毛の方かな」
 空中に飛んで行く綿毛の様子を手で示すスイレイに、ペルは笑顔を向けた。
「じゃあ、ジュリアは?」
「あれは女王様、真っ赤な薔薇でしょう! でっかい花をつける一輪咲きのバラ」
「綿毛と薔薇じゃ、差が激しいんですけど」
「そう? 花の価値は値段じゃないでしょ。ぼくはどっちかっていったら綿毛の方が好きだし」
 その言葉に、なぜはペルは頬が熱くなるのに気付いた。
「す、好き?」
 思わずどもったペルに、スイレイがペルの膝の上で仰向けになるとその顔を見上げて笑った。
「うん。好き」
 ペルはどうしていいか分からずに、あらぬ方に目を向けるとコップを頬に当てた。
 コップの中の氷がペルの頬の熱に溶けてカラカラと音を立てる。
「知ってた? ぼくが高校三年生のときに、ぼくらの学年でペルの人気が高かったこと」
「うそ!」
「本当だよ。ペルのこと狙っていた奴多かったんだよ。知らなかったでしょ」
 ペルは熱くなる頬を押さえながらうなずいた。
「誰にも声掛けられなかったもん」
「それはね、ぼくが目を光らせてたから」
「……え? どういうこと?」
「かわいい、かわいいペルに変な虫がつかないように、釘をさして回ったのさ。だってペルは言い寄ら
れても、ちゃんと断われなくて悩んじゃいそうじゃん。だから先手を売ってね。ぼくのお目がねに叶わ
ないやつには言っとくわけ」
「なんて?」
 スイレイはペルの目を見つめると、ビシっと人差し指をさした。
「ペルはぼくの女だから手を出すなよ」
「………」
 ペルは絶句したまま、スイレイの目から視線を離すことができなかった。
「あれ? 迷惑だった?」
 あまりに二の句を継がないペルに、スイレイが困った顔を見せる。
「かわいい妹みたいなペルの苦労を未然に摘んでやる優しい兄ちゃんのつもりだったけど。過保護すぎ
たかな?」
 妹か。
 ペルはホッとしたような、がっかりしたような複雑な気持ちで、スイレイの顔に微笑んだ。
「ちょっと過保護だよ。でもありがとう」
 ペルの笑顔にスイレイも微笑む。
 そこへ。
「ちょっと、なに二人だけの世界に浸っちゃってるわけ? スイレイ、やらしい!!」
 ジュリアの叫びが飛ぶ。
 走ってくるジュリアを見て、ペルは笑い声を上げた。
 走ってはよろける姿に、スイレイもここぞとばかりに笑い声を上げる。
「なによ! わたしはジェットコースターに5回も乗ったのよ。ちょっとくらいよろけたっていいじゃ
ない!」 







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