第一章 地球創造 


5


「あ〜、本当に迷うよね。なに着てこうかな?」
 一時退院をして家に着いた途端、ジュリアのファッションショーが始まったのであった。
「ジュリア、元気だね」
 疲れた顔でベットに寄りかかり、床に膝を抱えて座ったペルが、笑顔で姿見に自分の姿を映している
ジュリアに言った。
「やあ、ねえ。そんなんじゃ、どっちが病人か分からないじゃない」
「ジュリア、本当に病気なの? なにかの間違いじゃなくて?」
「うん。わたしもそう思う」
 笑顔で再びファッションショーに戻ったジュリアを、ペルは笑顔で見守っていた。
「ねえ、このスカート可愛くない?」
 くるりと回って見せたその動きで、丈の短いプリーツのスカートがはらりと舞う。
「パンツ見えたよ」
「本当? サービス悩殺ショット」
 ウインクと投げキッスを送ってくれるジュリアに、ペルが真顔になる。
「全然うれしくないよ」
「わたしも嬉しがられて、もっととか言われたら引いちゃうけどさ」
 ジュリアはスカートを見下ろしながら、真剣に悩んで唸っていた。
「でもこれじゃあ、心行くまでジェットコースターは楽しめないよね」
 すでにベットの上は服の山になっていた。
 このブラウスは色気がない。こんなTシャツは子どもが着るものだ。ハーフパンツは気分じゃない。
次から次へと、クローゼットから引っ張りだされては投げ飛ばされていく。
 いつかのスイレイの言葉が頭を過ぎった。
 ジュリアの部屋は汚い。
 確かにジュリアの部屋はすっきり片付いた、可愛らしい女の子の部屋ではなかった。
 いつも床に何かが積まれていてつまずくし、机の上は物で溢れている上に、紙やファイルが机や床の
上へと雪崩を起して落ちていた。
 ぬいぐるみの類も、ジャスティスが買い与えたらしいものが埃にまみれて、サイドボードや飾りだな
から斜めになって落ちかかっているし、ピアスやネックレスは、宝石箱で整理しようとした形跡はある
のだが、開けっ放しの蓋の中で、恐らく使用不能なのではないかと思うほどに絡まりあった混然一体と
いう言葉が一番ふさわしい状態になっていた。
 でも、唯一壁に掛けられた絵や写真だけはキレイに飾られ、掃除もされているようだった。
 確かに汚い部屋だった。だがこの汚さの中からでも、ジュリアはきちんと目当てのものをものの数秒
で探し当て、勉強もしているのだから、彼女なりの整理整頓がなされているに違いないと、ペルは思っ
ていた。
 そのジュリアが、頬をピンク色に染めて、鏡の前で乙女のようにファッションショーを行っていた。
 選んでいる服はどれも普段のジュリアでは着ないようなかわいらしい服ばかりだった。
 清純で、女らしさを演出してくれる服たち。
 まるで恋する乙女だ。
 そう思った瞬間、ペルはジュリアの顔とその顔の向こうに見えた写真に、全てを悟った気がした。
 壁にかかった写真の中で、はにかんだ笑顔のジュリアと、そのジュリアを後ろから抱きしめたスイレ
イの顔が映っていた。
 子どものときにでも行ったピクニックの一場面なのかもしれない。
 ジュリアの手にはサンドイッチが握られていて、まだ幼さを残しているスイレイが、ジュリアの頭に
顎を乗せて映っていた。
 どんなに男たちに恋の告白をされようとも、首を縦に振らなかったジュリア。恋する乙女の顔で服を
選ぶジュリア。そして、自分が女として完全であるうちにどうしてもデートをしておきたかったジュリ
ア。
 そしてその全ての先にいるスイレイ。
 ジュリアが好きなのは、スイレイなのか。いつも、あんなに捻くれた態度をとるのも、好きな相手だ
からこそか。自分を見て欲しいけれど、自分の恋心を知られるのは恥ずかしい。
「ねえ。これにしようかな?」
 ジュリアはペルに両手に持った服をかざしてみせる。
 ブルーのシフォンのブラウスと白いフリンジのついたフレアスカートだった。
「うん。いいと思うよ」
 うなずくペルに、ジュリアは鏡の前で服を体に当てながら、真剣にいろいろな角度から試し眇めつす
る。
「本当にかわいい?」
「ジュリアは、いつだってかわいいでしょ?」
「それはペル」
 そう言ったジュリアは「よし!」と言って服を壁に掛けると振り返った。
「今度はペルの服よ」
「え?」
「え? じゃない。ペルの服も選ぶの」
 そう言ってジュリアはベットの上の服を引っ掻き回すと、一枚のワンピースを手に取った。
「これだ! 絶対これ!」
 ジュリアの手にしたワンピースは、白地に赤い花とイチゴがプリントされたものだった。
緑色のリボンのベルトがアクセントになって、以前ジュリアが着ているのを見て、いいなと思っていた
服だった。
 ジュリアが着ると、独特の大人っぽさがあってステキだったのだが。
「ほら、絶対にかわいい」
 ジュリアに鏡の前に引っ張り出され、服を当てた自分を見て、ペルはちょっとがっかりした。
 色気なんて全然ない。
 かわいくないこともないが、まるで小学生のような清らか過ぎる可愛らしさだった。
 ジュリアみたいになりたい。
「気に入らない?」
 ペルの表情から何かを感じとったジュリアが、鏡の中のペルの顔を覗き込む。
「ううん。ありがとう。これ、借りてもいいの?」
「うん。ていうか、ペルに上げる。わたしが着るよりも、ペルが着るほうが似合ってるし」
「そんなことないよ」
「ううん。ペルに似合ってる。ペルはもっと自分の可愛らしさに自信を持てばいいのに。かわいいって
思ってる女の子は、ちゃんとかわいくなってくんだからさ」
 ペルは上目遣いで鏡の中のジュリアを見上げる。
「ジュリアは自分のこと、どう思ってるの?」
「世界一の美人!」
「なるほど」
 真面目に納得するペルに、ジュリアが笑い声を上げた。
「お化粧もしてあげるね」
 乙女モード全快でペルを化粧台の前に座らせて、ジュリアがはしゃいでいた。
 いい匂いのする化粧品を手にとって、ペルの顔に触れていく。
 くすぐるように顔の表面を撫でていくブラシやジュリアの指に、ペルは今までこんな女の子らしい遊
びとは縁がなかったなと思った。
 ジュリアとは一番の親友だと言う自信があったが、女としての部分を見せ合ったことはなかった。恋
の話もしたことがなかったし、ファッション談義に花を咲かせたこともなかった。
 ジュリアの手術という大きな転換点を前に、二人で今まで触れてもこなかった女の子の世界に浸って
いた。ふんわりと柔らかで、甘い香りに満ちた世界が、心地よかった。
 ジュリアはこんな世界を、手術をしても忘れないでいたいと思っているに違いない。
「目を開けて、ペル」
 ピンクのシャドウを手にしたジュリアが、目の前で微笑んでいた。
「やっぱりペル、かわいい」
 ジュリアが体を脇へと移動させると、化粧台の鏡に映った自分と目があった。
 いつもより大きく見えるように縁取られた目もとと、プルンと潤んだ唇。
 自分の頬に触れながら、ペルは自然と笑みがこぼれる自分に気付いた。
「これ、わたし?」
「そうだよ。かわいいでしょ?」
「…ジュリアのメイクの腕がいいんだよ」
 陶然とした口調のペルが、次の瞬間、イスから立ち上がると、ジュリアの手を取った。
「今度はわたしがジュリアにメイクしてあげる」
「ペルが?」
 少し不信そうな笑顔で眉を上げてみせるジュリアに、ペルは大きくうなずいてみせる。
 あの宝物を大切に扱うように触れてもらう心地よさを、ジュリアにも味わって欲しかった。
「ちゃんとキレイにしてよね」
「大丈夫。ジュリアは素が美人なんだから」
 ジュリアをイスに座らせ、さっきジュリアがしてくれたことを真似していく。
 だが数分後。
 う〜んと唸り続けるペルに目を開け、ジュリアが怒鳴った。
「わたしはニューハーフじゃないっていうの!!!」
 真っ黒になった目と真っ赤な口に、ジュリアが叫ぶ。
「ごめーーーーん」
 乙女タイムを楽しむには、ペルの修行が足りなかったのだった。





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