第一章 地球創造 




  病院の管理するガーデンの芝生に座ったペルに、ジャスティスがカップのジュースを手渡した。
「紅茶にしちゃったけど、よかったかな?」
「ありがとうございます」
 ペルは一口コップから飲むと、甘い香りに笑顔を浮かべた。
「ピーチティーだ。おいしい」
「ペルが好きそうだなって思って」
 そういうジャスティスは、アイスのココアを飲んでいた。
「ジャスティスさんは甘党なんですか?」
 そう聞くペルに、ジャスティスが恥ずかしそうに頷く。
「ジュリアにはいつまでも子どもみたいだって馬鹿にされるけどね。朝は、ジュリアがブラックでコー
ヒーを飲んで、ぼくがミルクたっぷりのあまーいコーヒーを飲むのが日課かな」
「わたしもブラックでコーヒーは飲めないんです。もう、ミルクがほとんどでコーヒーは匂い付けって
いう程度にしか入れないのがおいしいんです。そうすると、スイレイにそんなのコーヒーじゃないよっ
て言われちゃうんですけどね」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「本当に、ジュリアじゃなくてペルがぼくの娘みたいだね」
「ジャスティスさんは叔父さんだもの。似てて当たり前です」
「こんなかわいい子がぼくに似て存在してくれて嬉しいよ」
 ジャスティスはかわいい子どもにするように、ペルの頭を撫でた。
「ジュリアは全く誰に似たのか、頑固で口は悪いし。ああ、そう言えば居たな、そういう人」
「……?」
 気が付いてから、何か嫌なことを思いついたようなばつの悪い顔で、ジャスティスが言った。
「姉さんだよ。ローズマリー」
「ああ」
 ペルの笑顔も、ほんの少しその名前に翳る。
「でも、そんなことジュリアに言ったら殺されちゃいますよ」
「全くだな」
 苦笑するジャスティスが、芝生に寝転がると空を見上げた。
「姉さんのこともよく分からないけど、ジュリアの考えてることもよく分からないよ。父親として失格
だな」
 空に浮いた柔らかそうな雲を見つめてジャスティスが言う。
「そんなことないですよ。ジャスティスさんが、ジュリアのことを大切に思ってるのは誰もが認めるこ
とだし、ジュリアだって、愛されてるって分かるから、あんなこと言えるんですよ。あれはジャスティ
スさんに甘えてるんです」
「そうなのか?」
 太陽光に眩しそうに目を細めながら、ジャスティスがペルを見た。
「気を使うような相手なら、わがままも言えないですよ」
「そういうもんかね」
 ジャスティスは考えることに疲れた様子で、芝生に全身を投げ出して伸びをした。
「じゃあ、あの遊園地に行きたいっていうのも、ペルには理解できるのかい?」
 心底ジュリアのことが心配でならない父親の顔で寝転がるジャスティスを、ペルは笑顔で見つめた。
「ジュリアが子どもを産めなくなるって本当ですか?」
 その問いに、ジャスティスは太陽光から隠すように手で顔を覆った。
「……そうらしい」
「………」
 ペルはジャスティスから目をそらすと、目の前に広がる花畑を見つめた。
 濃い緑と原色の花の色が、夢幻のように目の前に広がって、風にゆらゆらと揺れていた。
「ジュリアは、自分がれっきとした女だって思えるうちに、デートしてみたいんじゃないのかな?」
 ペルの呟きに、ジャスティスは何も言わずに体を起した。
「ジュリアって、美人だからスゴイもてるんですよね。ジュリアと歩くとよくわかるんです。みんな通
り過ぎてから立ち止まって振り返るくらい、ジュリアに魅了されちゃう。でも、きっとジュリアにはそ
んなことが煩わしくてしょうがないんだと思うんです。
 どんなに男の子に告白されようと、絶対に付き合ったりしない。友だちとして付き合っていた相手で
も、女としてジュリアを見始めた途端に、ジュリアの方から付き合いを切ってしまう」
「そうなのか?」
 初めて聞く娘の交友関係に、ジャスティスは身を乗り出して聞いていた。
「わたしも四六時中一緒ってわけじゃないし、ジュリアもあんまり本心は明かさない方だから、わたし
の思い込みかもしれませんけどね。
 女扱いされることが嫌いみたいです。女らしい女だからこそ、その女としての部分に嫌悪があるのか
もしれませんね。でも、そんな嫌っていた部分だって、いきなり切られて無くなってしまうって言われ
たら、恐ろしくなると思うんです。
 女の子として得られたものを拒否してきたからこそ、女の子として得られたものが何なのか、焦って
見てみたくなる。そんな風にわたしは思うんですけど」
 深刻な表情になってしまったジャスティスに、ペルは慌てて笑顔を浮かべた。
「ただの予想だから、合ってるかはわかりませんよ」
「いや……」
 ジャスティスはペルと同じように膝を抱えて座ると、花畑を見るように前を向いた。
「ジュリアは、ペルが言ったみたいに女であることを嫌っている風なところがあったよ。母親がいない
せいかと思っていたけどね、胸が大きくなってくることも受け入れようとしなくて、レイリに説得して
もらったことともあったな。ブラジャーを着けなさいって」
「男も女も、そんな差がないこどもの世界から、女の世界に踏み込むときって、壁があるんですよ。子
どもながらに、なんとなく男の人に女として見られる視線の濃度の違いって分かるし。結構、気持ち悪
いもんですからね」
 ジャスティスは頷きながら聞いていた。
「男はその辺、思春期のイライラした感覚の中で通り過ぎるからな。うまく言葉にできないけれど、器
の大きな理想の男と、小心者の現実の自分との間のギャップに、自ら重圧を感じて、尚更周囲に対して
荒れくれて見せたりするってところなのかな?」
「ジャスティスさんが荒れくれたことあるんですか?」
「それはね。でもあの怖い姉さんの手前、あんまり当り散らせなかったけどね」
 ペルはその様子を想像して、クスクスと笑った。
「ペルは、ジュリアが遊園地に行きたい気持ちが分かるんだね」
 ジャスティスの横顔を見ながら、ペルは頷いた。
「体がそれに耐えられるなら、行かせて上げたい。後悔して思い残して欲しくないから」
「……そうか」
 ジャスティスは悲しげな翳った目で景色を眺めながら、頷いた。
「大きくなっていってしまうな。いつまでもぼくの手の中にいる子どもではなくなってしまう。当たり
前だけど、ちょっと寂しいよ」
 ペルはジャスティスと同じように景色を眺めながら、自分のことを思った。
 こんなに、自分を手の中に止めておきたいと思うほどに強く愛してくれる存在がいるのだろうか?
 親というのは、そんな愛情を無条件でくれる絶対的存在だ。何があろうと味方になってくれるとわか
る安心感の礎の存在。
 そんな存在が側にいてくれるジュリアやスイレイが羨ましかった。
 もちろんそんな親ばかりでないのも知っているけれど。
「ペルも、大きくなったね」
 まるで自分の思っていたことが分かったように、横からジャスティスがペルの顔を覗き込むと言った。
「あの姉さんが親代わりでは不安なことが多いのは、ぼくも同じ立場だったからよく分かるよ。でも、
ああ見えてちゃんと見守っている人だからね。遠慮することが身についちゃうと損だから。ぼくでもレ
イリでも、もちろん姉さんでも頼っていいんだから。ちゃんとペルのことを愛してるから。ね?」
 やさしい声と大きな手に、ペルは安心してうなずいた。
「もうそろそろ病室に戻ってみようか」
「はい」
 手を貸してくれるジャスティスの手を握って、ペルは立ち上がった。
 ないものに目をむけて傷つくよりも、持っているものに愛情を注いで感謝して生きていきたいな。
 ペルは自分の心にそう言い聞かせながら、ジャスティスの後について歩いていった。









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