第六章 希望は優しさを、失望は隠された本性を




 夜空の下で、赤い炎が燃え上がっていた。
 その火を囲んで大騒ぎで食べて飲んでと盛り上がる。
 焦げた魚を一匹手掴みで食いつくレイチェルに、ぼろぼろと零して服の胸元を汚す彼女の世話を焼い
て、慌ててタオルを差し出すジャスティス。
 ここに来てもお母さん的な役回りで料理の準備や薪の追加をしたりと忙しいローズマリーと、そのロ
ーズマリーの口へとキノコで作ったスープを運んでやっているフェイ。
 そのときのローズマリーの顔を思い出して、レイリはそっと胸の内で微笑む。
 いつもフェイのことなど恋愛の対象ではないという態度をとっておきながら、それがただの照れ隠し
に過ぎないのだと、今日ほど確信した日はなかった。
 フェイのさし出すスプーンに、自分で食べるからいいという素振りを見せながら、押しの強さで口元
に持ってこられたスプーンに口を開けて子どものように食べさせてもらう。
 その頬が火の色だと誤魔化せないくらいに赤く染まり、おいしいかと尋ねられて初めてできた恋人に
戸惑う女の子のように、フェイの目を見返すことができずにあさっての方向を見て頷いて見せる。
「あの二人、結構うまくいく気がしない?」
 隣りで寝転がっているカルロスに声をかけ、レイリが言う。
「あの二人って、ローズマリーとフェイのことか?」
「そう」
 頭の下で組んだ手の平に頭を乗せ、満天の夜空を見上げていたカルロスが言う。
 人工の光がどれだけの星の光を消しているのを思い知らされる数の星が頭上で輝いていた。空という
闇色のテーブルにダイアモンドの粒を無数に零して周ったように、無数の光がひしめき合い、瞬きを繰
り返していた。
 レイリも草の上に敷いた毛布に後ろ手をつき、カルロスと一緒になって夜空を見上げる。
「素敵ね」
 こんな山奥に連れて来られて、草薮の中を歩き回らされ、少なくとも無菌ですとはいえない食材で苦
労の末に食事を作り。でもそれがこんなに楽しいことだと、レイリは今まで知らなかった。そしてこん
なに自然が美しいのだとも。
「その素敵は、星空のことか? それとも俺と見られるから素敵って解釈していいのか?」
 カルロスには珍しい発言に、レイリはその顔を見下ろした。
 相変わらずに目線は星空に向かっているが、いつもの厳しい顔よりも穏かで、口元には愛らしいと思
える微笑があるように見える。
「もちろん」
 レイリが甘えるように身を横たえれば、カルロスが腕枕をして抱き寄せてくれる。
「あなたと一緒だから」
 抱き寄せられたカルロスの耳元で囁けば、風に吹かれてサワサワとなる草の音に混じって、いつもよ
りも早くうつカルロスの心臓の音が聞こえる。
 帰りの出発、夜中の12時までは各カップルに分かれて時間を過ごしましょうということで、場所取
りジャンケンが行われたのだが、ラッキーな車の中を獲得したのがジャスティスとレイチェル。毛布二
枚を獲得したのがカルロスとレイリ。一番の貧乏くじだったローズマリーとフェイは火の番だった。
 一番いい場所をとったはずのジャスティスとレイチェルはといえば、なぜか車の中でトランプに興じ
ている。
 それを横目で見ながら、この場所を探し当てた二人だったが、こうして一緒にいられるなら、屋外だ
ろうと構わないという気持ちになってくる。
 少し寒いが、キレイな夜空を自分たちだけのもののようして眺められるし、カルロスにくっ付いてい
る理由にもできる。 「ローズマリーも今ごろフェイの胸の中かしら?」 「どうだろうな。美人で頭がいいのは認めるが、フェイには悪いがこと恋に関してはその気にさせるの が難しそうだな」 「そうかしら? さっきなんて結構いい雰囲気だったじゃない?」 「まあな」  レイリはそう言いながら、肩の側を通り抜けていった風の冷たさに身震いした。  それを感じとったカルロスがぎゅっと強く抱き寄せながら、レイリの上にもう一枚の毛布をかける。  そしてじっと安心しきった笑顔で自分を見上げるレイリを見下ろし、カルロスがその頬に手を添える。 「あのときのフェイの気持ちと、今の俺の気持ちは一緒だろうな」 「あのときのフェイの気持ち?」  そう言いつつ、レイリは自分の頬に添えられたカルロスの手が微かに震えているのに気付いた。  そして自分をじっと見つめる瞳が、熱を帯びて潤んでいる。 「キスだけじゃ満足できない」  そう言うと、不意に覆い被さってきたカルロスが深くレイリに口づけする。重なった胸から、レイリ に強く早く打つカルロスの心臓の鼓動が伝わる。  いつもよりも性急で強引にレイリに舌を絡めるカルロスに、わずかにたじろいだレイリだったが、カ ルロスに身をゆだねて受け入れる。  だが荒い息をついて唇を離したカルロスが、レイリの首に顔をうずめると謝った。 「すまない。こんなやり方で君を奪うなんてするべきじゃないな」  猛る気持ちを押さえ込むように言うカルロスに、レイリが閉じていた目をあける。 「……どうしてやめるの?」  カルロスはその問いに顔を上げることなく、吐き出すように言う。 「こんな俺を見せたくないから。レイリがきっと考えたこともないようなことをしたいと思っている俺 をさらけだしたくない」  カルロスの熱い息が首から胸元にかかり、それだけでレイリは背筋を走る快感に眩暈を起こしそうに なる。 「たとえばこんな風に屋外で愛し合うこと?」  レイリの声に顔を上げたカルロスの目に、自分を誘う瞳をしたレイリが映る。  レイリの腕が首に回され、足がカルロスの腰に絡みつく。  頭を起してカルロスの首筋に顔を埋めたレイリが、そっとキスをしてその肌を吸う。 「お願い、やめないで」  弾け飛びそうな理性の抵抗にあいながら、レイリが呟く。  恥ずかしさにぎゅっとカルロスに抱きつけば、そっと毛布の上に下ろされる。  抱きしめていた首の抱擁を解き、じっと自分を見つめるカルロスの視線と視線を絡める。  外されていくブラウスのボタンに、服の中へと風が入り込む。  レイリもカルロスのシャツの中に手を入れると、硬くしまった腹に触れながらその体の発する熱を感 じた。  凍えた大気の中に何も纏わない胸が曝け出され、その羞恥だけで体が震える。そして、シャツを脱ぎ 捨てたカルロスの裸の胸を目を奪われる。  この胸の中で抱き寄せられ、愛され、喘ぐ自分がいるのかと思うと頭が沸騰しそうになる。  だがそんな思いも重なった肌の暖かさに解かされていく。  カルロスの向こうを、凍って煌めく夜空が覆っていた。  わたしはカルロスと、この空に抱かれている。  レイリは目を閉じると、自分に触れるカルロスの指先を感じながら思った。
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