第六章 希望は優しさを、失望は隠された本性を



   
「ピクニック? うん。楽しそうね。ぜひカルロスと参加させてもらうわ」  カフェテリアで向かい合ったレイリに、ど派手はレイチェル作のピクニックへのお誘いと書かれた招 待状を手渡す。  紙いっぱいにパステルカラーの文字やイラストが並んでいるが、どれをとってもうまいとはいい難い。 だが、そのぶん作った人間の溢れるような喜びが、そこかしこに見てとれた。 「ねぇ、これ誰が作ったの? ローズマリーやジャスティスじゃないわよね」  招待状をローズマリーにむけながら、レイリがクスクスと笑いを漏らす。  そこに描かれたイラストの中に、三つ編み姿のローズマリーとニコニコ笑顔のジャスティス。そして ローズマリーにハートマークの目を向けているフェイが描かれているが、もう一人レイリには見覚えの ない人物が描かれていた。  フェイのとなりで同じように、こちらはジャスティスにハートマークのビームを発射しているショー トヘアーの女の子がいる。 「この子が描いたんでしょ? ジャスティスの彼女?」 「さぁ?」  ローズマリーが苦笑交じりで肩をすくめる。  あれが恋人同士といえるのかと聞かれれば、ローズマリーは首をかしげずにはいられない。まるで五 歳やそこらの子どもが、「恋人同士」とはしゃいでいるだけのようにも見える。  あのカレー事件のあった翌朝、ダイニングに入った瞬間に見た光景を思い出し、ローズマリーはうっ すらと笑みを浮かべる。  今レイリの手にしている招待状を書いたり、ピクニックでラブラブ大作戦などと書かれた計画ノート をもとに、二人でどれだけ盛り上がった会話したのだろう。満足そうな笑みを浮かべた顔の二人が、机 に突っ伏して眠っていた。  おそらくジャスティスがかけてやったのだろう毛布がレイチェルの背中にかかっていた。  そのレイチェルは口からヨダレを垂らした顔で、まるっきり子どもの顔で眠っているし、眠りについ たレイチェルの顔でもスケッチしようしながらも寝てしまったらしいジャスティスは、片手に鉛筆を握 ったままで眠っている。  無邪気な子どもの午睡にも似た光景だった。とても大人の男女が恋を語り合った後には見えない。  なんだか起すのがかわいそうになるほどに気持ちが良さそうな眠りに、ローズマリーはそっとキッチ ンの片付けだけをして家を出たのだ。  あの二人が手をつないでルンルンとお散歩している姿なら想像がつくが、どうラブラブになるのかと 聞かれれば、首を傾げてしまう。 「あの子も今まで女の子に告白されたりしたことがなかったわけじゃないだろうけど、ちゃんとお付き 合いしたことなんてないんじゃないかしらね」 「そうねぇ。ジャスティスって意外とシスコンだから」 「は? そんなことないでしょう。お姉ちゃんが好きなんて言われた事ないけど」  ありえないと目を見開くローズマリーに、レイリが違うわよと顔の前で手を振る。 「そんなシスコンじゃないわよ。それじゃあ近親相姦じゃない。まぁシスターコンプレックスって言葉 には、そんな側面がないわけじゃないと思うけど。そうじゃなくて、ジャスティスのシスコンはさ、女 の基準がローズマリーになってるってことよ。男の子って、結局自分を見守って絶対に味方になってく れる存在に弱いじゃない。プライドの生き物っていうかさ。だから、息子が悪だと分かっていても味方 しちゃうような母親が大好きじゃない。ジャスティスの場合はその母親がローズマリーってことでしょ う」  そんなことを真剣に考えたこともなかったローズマリーは、レイリの言葉に唇をゆがめながら小首を かしげて考え込む。  大体男と女の差は? と聞かれれば、XXとXYの違いとしか言えないローズマリーなのだから仕方 がないが。 「レイリって心理学でも勉強してるの?」  そんな返答にレイリが笑い声を上げる。 「別に学問じゃなくてもいいでしょう。普通に女の子同士で恋バナしてれば、そんな話題がでない?  彼氏が母離れできてなくて困るとか、妹さんが大好きで比較されているようで嫌だっていう子結構いる よ」 「ふ〜ん」  恋バナなどするわけがないローズマリーには、そうとしか返答のしようがない。それを見てとったレ イリが微苦笑を浮かべるとじっとローズマリーを見つめた。 「まぁ、ローズマリーのお得意の学問的にいえば、男っていずれ家庭を守る存在にならないとならない。 自分が守るものに執着するようにできてるんじゃないかな。男の子って、母親や妹という存在が、成長 の途中で自分より弱い存在なんだって気付くときが来るんだって。そうすると自分が守らなければなら ない立場なんだって自覚して急に大人になるんだってよ。そんな強い結束をもった絆を断ち切って、自 分が新たな家庭を築くための伴侶を選ばないとならないんだもの。今守っているもの以上の価値がある のかって、必然的に比較してしまうんじゃないのかな」 「へぇ」  ありがたく拝聴しながら、現実には自分には実感のしようがないのだろうなと思うのであった。  だいたいにおいて彼氏の位置にいるフェイにしたところで、妹どころか母親も父親も存在しない。  レイリの説でいうならば、フェイはなにを比較の対象として自分を恋人と選んだのだろうか?   密かに自分の中で考え込んだローズマリーを眺めながら、レイリがクスっと笑う。 「フェイの場合は、子どもの頃はジャスティスと一緒に自分を助けてくれるお母さん的な存在がローズ マリーで、でもいつしか自分が守ってあげないといけない女だって気付いたっていうところかな」 「……なんか、それってエディプスコンプレックスみたいで嫌なんだけど」  本気で嫌そうに顔をゆがめるローズマリーに、レイリが声を上げて笑う。 「まぁ、心理学なんて合ってるようで、どっかしらこじつけみたいな部分が多いじゃない。フロイトな んてみんな性的欲求不満に結び付けられちゃうし。ちょっと待ってよって思わない? 確かにいえるの は、フェイはローズマリーを守って側にいたいって思ってるってことよ。だから、ローズマリーはそれ に甘える努力をしないとね」  その一言で、ローズマリーの眉がピクリと跳ねる。 「カルロスから何か聞いたの?」 「別に」  誤魔化すつもりで言ってるなら、随分とヘタクソな仕草でレイリが目をそらす。  どうやらこちらはまさしくラブラブに過ごしているらしい。 「そっちは随分とうまくいってるらしいわね」  ため息交じりで言えば、頬を赤らめながらもレイリが惚気た視線でローズマリーを見ながら頷く。 「ローズマリーとフェイは?」 「うまくいくわけないじゃない」  そう言いつつも、すこしだけそんなこともないと心の中でつぶやく。  もちろんキス以上のことをしたいとは未だに思わないローズマリーだったが、それでもフェイに抱き しめられることは、不快ではなかった。そこにいていいんだという安心感が体を包んでくれた。そんな 気持ちになるのは、ローズマリーにとって初めてで、他にはない存在だということは自分でも認めると ころだった。  昨日は夜のバイトに出るフェイときちんとキスをして別れた。今度のピクニックが楽しみねと語り合 いながら。 「そんな事言いながら、なんでにやけてるのかな?」  レイリがローズマリーの鼻先を指でつつく。 「にやけてなんかないわよ」  レモンティーの入ったグラスを手にしてストローを咥えながら、ローズマリーが身を引く。 「じゃ、ピクニックで楽しくやって愛情を深めてよ。だって、ラブラブ大作戦なんでしょ?」  レイリがテーブルの上の招待状を指差す。  そこには、「ラブラブ大作戦決行!」と叫んで拳を突き上げるレイチェルとフェイが描かれていた。
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