第二章 掲げられた道しるべ

 
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「大学合格おめでとう!」  レイリの言葉に頬を緩めて微笑んだジャスティスは、その場に集まってくれたみんなに向ってワイン を入れたグラスを掲げてみせる。 「ありがとうございます」  レイリとローズマリーが微笑み合い、ジャスティスの隣りに座った親友のフェイが肘でつつく。  突かれたために零れそうになったワインに、ジャスティスは慌ててワイングラスを持ち上げ、フェイ はローズマリーに睨まれる。 「えっと、初対面よね。よろしく、レイリです」  和やかに始まったジャスティスのお祝いパーティーで、レイリがフェイに向って手をさしだす。  その手をぎゅっと力強く握ったフェイが、臆面のない笑みをみせる。 「フェイです。ジャスティスとは腐れ縁の友だちです」  爽やかさを装ったような白い歯を見せる笑みに、ジャスティスが隣りで疑わしいような目を向ける。 「何が腐れ縁だ。最初の出会いは最悪だったじゃないか」 「そうだっけ?」  とぼけてみせるフェイの前で、アツアツのグラタンを運んできたローズマリーがあきれた顔で見下ろ す。 「とぼけても無駄よ。わたしもあの場面にいたんだから」  気を利かせてグラタンの皿を置く場所を確保してあげたフェイも、ローズマリーの視線には弱った顔 で目をそらす。 「この坊やはとんでもないやんちゃ坊主でね、小学校にあがって間もない頃のいたいけな少年だったジ ャスティスの口に、泥団子を突っ込んだのよ」  ローズマリーにされた暴露話に、フェイはせっかく築いたイメージが崩れると頭を抱え、ジャステ ィスは「そうそう」と頷いてフェイの脇を肘でつつき返し、レイリは「まあ!」と声を上げて目を見開 く。 「そんな昔のことばらさなくても。その後の俺はずっとジャスティスを守ってきたんだから」  「なぁ」と問いかけ隣の親友に同意を求めれば、聞かれた本人は「さあ」と肩をすくめている。 「こいつめ!」  フェイがジャスティスの済ました顔を、腕に挟んで締め上げる。  そのなりだけは大きな子どもの戯れに、レイリが笑い声を上げ、ローズマリーがあきれた顔でため息を つくのだった。  テーブルに並んだのは、ローズマリーが黙々と朝の5時起きで作り続けていた渾身の料理の数々だっ た。  シーザーサラダ。鯛のカルパッチョ。清々しい香りのローズマリー入りのパン。ホタテ入りのホワイ トソースのグラタン。カツレツ。鳥の煮込み。  そしてサイドのテーブルにはレイリがお手伝いに来て作ってくれたチーズケーキとフルーツポンチが 並んでいた。  湯気と一緒に食欲をそそる香気を上げる料理に、食べる口と弾むおしゃべりが止まることはなかった。 「で、そんな意地悪されたのに、どうしてフェイとジャスティスは仲良くなったの?」  レイリがローズマリーの注いでくれた白ワインを飲みながら聞く。 「なんていうか、いつも休み時間になると校庭の隅にじっと座ってぼけーっと空を見上げているジャス ティスが気になってはいたんですよ。それである日鉄棒していた俺の側にいてじーっと見てるのが気に 入らなくてね。それがですよ。泥団子を口に突っ込んでやったて言うのに、こいつ、顔色も変えずに、 かえって笑いかけてきたんですよ」 「まさか、ジャスティス、泥団子食べちゃったの?」 「そこまで馬鹿じゃないですよ。誰もぼくに構ってくれない中で、たとえ泥団子でもフェイが初めてぼ くに接触してくれた。だから笑っただけで」 「もうその笑顔に寒気っていうか、こりゃいじめて勝てる相手じゃないって思って呆然としてたんですよ。 そしたら」  続けようとしたフェイの声に、ジャスティスが声を上げて笑う。 「フェイ視線では突然現れたって感じだよね。ぼくにはずっと見えてたけど」  ジャスティスの言葉に、レイリが首を傾げる。 「現れたって誰が?」  顔を寄せて尋ねるレイリの横で、そ知らぬ顔でナイフで切り分けたカツレツを食べていたローズマリ ーが、目のあったジャスティスに眉だけを上げて見せる。  フェイが目を上げてローズマリーを見る。 「本当にあのときは怖かったよ。突然後ろからゲンコツが頭に振り下ろされて、本気で目の前に飛び散 った星が見えたからな」 「わたしの手だって痛かったわ。石頭を叩いて」  淡々と言葉の応酬をするローズマリーとフェイに、レイリが二人を見つめて噴き出す。 「なに? 現れたジャスティスの救世主って、ローズマリー?」  明らかにされた笑える事実に、レイリが顔を輝かせて隣りの親友をみる。  いつも澄ましていて感情らしい感情を見せない友人だが、そのうちに大きな愛情を持っていることは 知っていた。  弟を、レイリを守ろうとする。それが自分の身を切り刻むような苦痛があろうと、ものともせずに。 「なんかその姿が想像できるからおかしいよね。ジャスティスの危機に駆けつけるまさしくヒーロー」 「わたし女なんだけど」 「だったらヒロイン?」  ローズマリーはそれには答えずに、パクパクと食事を続けながら苦笑を浮かべてみせる。 「ヒロインってのは、普通、か弱く美しいお姫さまとか、こう庇護欲をそそるタイプでないと」 「そんなことないわよ。今や強い女が世の中の主流なんだから。ローズマリーだって十分ヒロインよ」  ローズマリーの言ったヒロインそのもののレイリに断言され、ローズマリーは肩をすくめた。  だがその二人の女たちの会話をよそに、ジャスティスがフェイと姉の顔を見比べて一人含み笑いを浮 かべる。  その思い出し笑いをするような顔に、フェイが不気味なものを見る目を向ける。 「何一人で笑ってる? もう酔ってるのか?」 「いや、違うよ」  ジャスティスは訳知り顔でワイングラスを持つと、フェイとローズマリーを見て口にふくむようにし て飲みながら薄ら笑いを浮かべる。 「何よ」  ローズマリーも怪訝な顔で弟を見る。 「いや〜。姉さんも気づいてないみたいだけどさ、ちゃんと姉さんのことをヒロインとして見ている人 間がいるんだよってことで」  その言葉に、途端にフェイが持っていたフォークを皿の上に落として大きな音を立てる。  そしてその顔がみるみるうちに真っ赤に変わり、狼狽した様子で荒っぽい手付きでグラタンを掬い取 る。  ジャスティスの顔を見たレイリがその様子を見ただけで理解した顔で、笑みを浮かべて頷いてみせる。 「は? なによ、あんたたち」  一人、場の空気を読めないローズマリーが怪訝を不機嫌に変えた顔で言う。 「鈍いな姉さんは」  おもしろがって言うジャスティスのわき腹を、フェイが思い切りよく手刀でぶちのめす。  ぐはっと叫んでわき腹を抱えたジャスティスに、今度はその後頭部を思い切り平手で叩く。  ペチンといい音を立てるジャスティスの頭を見つめながら、痛そうと顔を顰めたレイリだったが、ロ ーズマリーの顔を寄せると言う。 「フェイはあなたのことをずっと思ってたみたいよ」  今度はローズマリーがフォークを取り落とす番だった。
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