「ラブラブキューピッドになってやるぞの巻」


5
 作戦その一。 名付けて〈助けて〜シカマルくん〉  木の上に潜んだ三人の下を、シカマルとテマリが歩いていく。  二人とも無言のまま俯いて歩いているだけで、やはり恋人同士の甘い会話などとは程遠い雰囲気だっ た。 「やっぱりな。あれじゃ、シカマルが振られちまうってばよ」  気配を悟られぬように少し二人が離れてから、ナルトが深刻ぶって言う。  それに頷いたものか、否定していいものか思案した顔のまま、ヒナタはシノを見る。そしてシノは色 眼鏡の下の考えの読めない顔で、押し黙ってシカマルたちの背中を見ていた。 「確かにあれでは男と女の関係ができるようには思わない。だが、それに俺たちが口を出していいもの であるのかと言われれば、首を傾げたくなるものだな。大体他人が人の色恋に口をだしてうまくいった ためしが――」  長くなりそうなシノの講釈に、ナルトが慌てて口を挟む。 「シノ、いいからアレ貸して」  自分の言葉を遮られてムっとしているのか、言葉を途切れさせたシノだったが、手を出すナルトを見 て確かめるようにグイっと身を乗り出す。 「本当に無駄死にはさせないのだな」 「おう。こいつのおかげで二人は大接近して、触れ合った手にドッキーーーンとかしちゃうんだってば よ!」  ナルトはシノから手渡された黄色い蜘蛛を眺めながらいう。 「本当にうまくいくの?」  ヒナタも不安そうにナルトを見る。  それに笑顔で親指を立てたナルトがいう。 「大丈夫だって。心配するな、ヒナタ」  大見得を切って、ナルトが蜘蛛をテマリの背後へと投げる。それと同時に「変化!」と唱えて手の平 サイズだった蜘蛛をイノシシサイズにまでデカクする。  ドサっと音を立てて着地した蜘蛛に、テマリが振りかえる。 「さぁ、叫べ。キャー、蜘蛛よって。そんでシカマルに抱きつけ!」  ワクワク、ドキドキと口の下で手を握って言うナルト。  だがその目の前で展開した場面は、ナルトの予想を大い反するものだった。 「かまいたちの術!」  テマリが背中の大扇子を振りかぶってなぎ払う。  次の瞬間には蜘蛛だけでなく、乱れ飛んだかまいたちがナルトの頬にまで切り傷を作っていく。 「なんでこんなところにこんなにデカイ蜘蛛がいるんだ?」  いぶかしんで辺りを見回したシカマルだったが、みじん切りになってしまった蜘蛛のピクピクと動く 足を見ながら呟く。 「それにしても、相変わらずのおっかねぇ業だな」 「攻守隙のない業だと言って欲しいね。いつでもおまえを守ってやるぞ」  フンと笑って背に大扇子を背負いなおすテマリに、シカマルが苦笑いを浮かべて歩き出す。  それを見送りながら、ナルトは自分の頬の血を手の甲で拭ってため息をつく。 「ちぇ、失敗だってばよ。じゃあ、作戦そのニへ………」  だがそう言いかけたナルトの横に、ボワっと音を立てて黒い影が立ち上がる。  ぞわぞわと音を立ててナルトに迫るのは、人型を形作った無数の虫たちだった。 「……ナルト。蜘蛛は無駄死にしないと言ったではないか」  全身に寄生した虫を纏いながら立ち上がるシノに、ナルトが顔を蒼ざめさせながら木の上で後退さる。 「シ、シノ?」  味方だと心強いが、敵として立ちはだかられると非常に不気味な虫遣いの攻撃を前に、声が上擦る。  思わずいつも行動をともにしているヒナタに助けを求めて視線を送れば、どうにもならないことを示 して首が横に振られる。  お、おしまいだ。俺はシノに殺される……。火影になるって決めてたのに。  あきらめかけて目を閉じた瞬間に、不意にシノの意識がナルトから離れる。 「ん! あの蜘蛛メスであったか。子どもの蜘蛛が生きている」  サッと木から飛んでみじん切りにされた蜘蛛の元に駆け寄るシノが、腹から出てきている蜘蛛の子ど もを見つけ、救出して採取ボックスにしまい始める。  俺の命って、蜘蛛の子どもより安いってのか?  悲しくなるナルトだったが、再び向けられたシノの視線にビクンと震える。 「ナルト。俺はおまえの計画から手を引かせてもらう」 「あ、うん。わかったってばよ」  律儀にそう言ってから、黙々と蜘蛛の採集を続けるシノを見下ろし、ナルトは助かったと安堵の息を つく。  だがすぐに自分の立ち上げたプロジェクトの第二弾に向けて行動を起すぞと立ち上がる。 「ヒナタ。作戦ニに移行だってばよ」 「う、うん」  思わぬ形でナルトと二人きりになってどぎまぎするヒナタだったが、そんなことには気付かないナル トは、木から木へと飛び移ってシカマルたちの後を追うのであった。  作戦そのニ。名付けて〈君は何よりも美しい byシカマル〉 「え? これを?」  ナルトに言われてショックそうに顔を俯けるのはヒナタ。 「あげといて返せっていうのは悪いんだけどさ、これも作戦のためだから」  ヒナタはナルトに貰ったはずの花束を見つめながら、名残惜しそうに見つめる。  せっかくナルトくんに貰ったのにな。これを逃したら、ナルトくんに何かをもらえるなんてないかも しれないのに……。  あまりにがっかりしてうな垂れるヒナタに、ナルトはそんなにヒナタは花が好きなのかと思いながら う〜んと唸る。 「な、ヒナタ。作戦成功のあかつきには、もっとでっかい花束を買ってやるってば。な?」  ナルトのその言葉に、ヒナタがパッと顔を上げて目を輝かせる。 「……本当?」 「おう。なんだったら、そのあと団子もつけちゃうってばよ」  にわかにヒナタの顔がほわわわ〜んと妄想の世界にはいっていく。 『ヒナタ。おまえはどんな花よりもかわいいってばよ』  キラリーンと光る歯を見せて微笑むナルトが、ヒナタの前で花束を手渡す。  が、それは全部かすみ草。  ちょっとガクっと盛り上がりムードが欠けるが、サッと出された腕に手を沿わせて腕を組めば、再び 空気はピンク。ハートの乱れ飛び。 『ヒナタ。団子でも二人で食べて、これからの二人のことを話そう』  二人で団子屋の暖簾を潜って注文をする。  アツアツのお茶とお皿に並んだ団子。  それを手にとったナルトが言う。 『みたらし団子の裏っかわを二つ並んだ状態で見ると、なんかに似てないか?』  言われたヒナタも団子を裏から見て、白い丸々とした二つの団子の連なりを眺める。  な、何に似てるのかな? 白くてスベスベしてて。 『あ、何かに似てるって思ったら、綱手ばあちゃんのデッカイ乳だってばよ。エロ仙人がいっつもチラ チラ見てるんだよな』  再びヒナタはガクっと肩を落とす。ついでに団子もテーブルに落下。  どうせナルトくんに、ムーディーなデートなんて期待できないし、わたしだって、そんな空気には堪 えられなくて……。  そんなことを考えていたヒナタの目の前に、ナルトの手の平が振られる。 「おーい。ヒナタ。どうしたんだってばよ」  ボーっと虚空を見つめて、微笑んだり落胆したりを繰り返していたヒナタが、ナルトの声にハッと我 にかえって赤い顔でナルトを見返す。 「あ、ごめんね。ナルトくん。花は、はい、使って。あのデートはその」 「デート?」  思わず妄想と現実を取り違えて口走った言葉に、ヒナタは口を手で覆う。  そんなヒナタに、首をかしげたナルトだったが、よし! と声をかけるとヒナタに笑いかけた。 「成功したら、花束と一日デートな」 「え?」  思わぬ約束を取り付けられて顔を真っ赤に染めるヒナタ。  そんなヒナタのリンゴホッペ顔を見ることなく、ナルトは作戦そのニを成功させるべく、シカマル& テマリのルートの先に周りこんで木の根元に花束を置いて隠れる。  ナルトの思惑はといえば。  シカマルが花束を見つける。そして思うのだ。 『あ、こんなところに花束が。これをテマリにプレゼントしてやろう。きっと喜ぶぞ』  そして花束をサッと差し出されたテマリは、 『まぁ、キレイ。シカマルありがとう』  そんでもって、抱き合ってぶっちゅーーー。  そこまで実演してヒナタに見せていたナルトだったが、やっぱり現実はナルトの妄想を打ち砕く。  シカマルがナルトの置いておいた花束を見つける。  だがその顔に浮んだのは、恋に浮かれた顔ではなく神妙に眉をしかめたものだった。  そのシカマルの隣りに立ったテマリがシカマルに問う。 「どうした?」 「ああ。……あれ」  シカマルがテマリに花束を示して言う。 「きっとここで亡くなった忍がいるのだろう。人知れずに毎日花を手向ける家族や恋人がいるのだろう と思ってな」 「……忍とは、そういう運命だからな」  二人はそう言って花束の前に立つと、並んで黙祷を捧げている。  それを見ながらナルトは心の中で叫ぶ。おおーーーーーーーい、なんでそうなるんだってばよ。  あえなく作戦そのニも惨敗。 「ねぇ、ナルトくん。シカマルくんたち本当にお付き合いして………」  疑問を口にし始めたヒナタに、だがナルトは更なる闘志を燃やして拳を突き上げる。 「こうなったら最後の手段、作戦その三だ!」  そう言ってナルトが隣のヒナタの手を握る。 「ヒナタ。今から俺とおまえはアツアツカップルだ!」  作戦その三。<一緒にWデートでもしちゃう?>  いやにギクシャクした動きで後ろから付いてくヒナタの手を引いてナルトが歩き出す。 「ヒナタ、もっと自然に」  こそっと後ろを振り向いて言うも、ヒナタは赤い顔で赤ベコになったように首を上下させるだけ。  こんなんで大丈夫かなと思いつつも、ナルトはわざとらしくシカマルとテマリのデートにただ今気付 きましたとでもいうように大声をあげる。 「あーー。シカマル! こんなところで会うなんて奇遇だなぁ」  体の強張りがついに膝にまで達したのか、おかしな足運びで転びそうなヒナタを引きずりながらナル トが走り出す。  その声に二人ならんで地面に咲いた花なんかを手に取っていたシカマルとテマリが顔を上げる。 「なんだ、ナルトか。……珍しいな、ヒナタと一緒なんて」 「そうか? 俺たちはデートなんだよなぁ、ヒナタ」  ラブラブを演出してヒナタの肩に腕を回したナルトだった。  予想ではそれにヒナタが恥ずかしげに顔を赤くしながらも、ナルトの肩に頭を預けたりして、それを 見てシカマルたちもラブモードに突入! そんで、 『実は俺たちも今デート中だったんだけど、なんか馴れないからよぉ。いっつも雲見て寝てるのが趣味 の男だからな』なんてシカマルが頭を掻きながら、隣りのテマリの手を握る。  なんて設定でいたのに、現実ではカチーンと音がしそうなくらいに体を硬直させたヒナタが茹でたタ コ? とナルトもシカマルも思うほどに真っ赤になった後で、バタリと音をたてて倒れたのであった。 「おい! ヒナタ?」  呆気にとられて立ち尽くすナルトとシカマルだったが、テマリが倒れたヒナタの前に膝をつくとその 頭に手を当てた。うまく倒れたらしく、とくに怪我をしている様子もない。 「大丈夫だ。急に興奮して頭に血が上ったのだろう。この娘、よっぽどおまえのことが」  おもしろそうに少し皮肉交じりの笑みでテマリがナルトを見上げれば、心底びっくりしたらしいハト が豆鉄砲をくらったようなナルトの顔が目に入る。 「なんだ、その間抜けな顔は。この娘の彼氏だというのなら、もっと――」  再び言いかけで言葉を切ったテマリだったが、不意に顔色を険しくすると自分の頭上に背負っていた 扇をバンという音を響かせて開いた。  え? 急になに?  そうナルトが思った瞬間だった。 「しまった!」  鋭く言って身構えたシカマルだったが、間に合わずに頭を覆った腕に降り注ぐものがあった。 「ひゃーーははは。だから言っただろう。忍たるもの常に気を引き締めて過ごせよ!」  大量に降り注いだ黄色い液体は赤丸のおしっこ。ダイナミックマーキングの標的にされたのだ。  シカマルは腕と背中に浴び、そしてナルトは。  顔面全面に生温かいうえに臭いおしっこを受けて叫んでいた。 「ぎゃーーー! ペッペ! 口の中にまで入ったってばよ!」 「赤丸さまのションベンだ。ありがたく洗礼を受けときな」  木の上で赤丸の上に座ったキバが、ご機嫌に腕組みして言う。  その声を聞きながら、扇にかかった赤丸のおしっこを振り払ったテマリが飽きれた顔でキバとナルト を見やる。 「……ずいぶんと上品なワザだな。それにおまえも忍のくせにトロイことだ」  フンと鼻で笑われて、シカマルは肩をすくめ、ナルトは「なんだと!!」とお怒りモードで叫びを上 げる。 「もとはといえばな、俺様はおまえたち二人のちっともラブラブにならないデートを盛り上げてやろう と一生懸命作戦を練って、ここまで来たって言うのに!」  手足をばたつかせて叫ぶナルトに、シカマルはめんどくせぇ奴だというようにため息をつき、テマリ は半眼になってナルトを睨む。 「なんでわたしがこんな腰抜けとデートなんてしなきゃならないんだ」  腰に手をあて、不快そうに言ってナルトを指さして非難するテマリに、ナルトは「え?」と目を点に する。 「だってシカマルと二人でこんな森の中に来て、デートじゃなくてなんだって」  そのナルトの目の前に、シカマルが足元に繁っていた白い小さな花を手折って指し示す。 「これだ」 「これ?」  手の平に乗せられた花を見下ろしてから、テマリを見る。 「我愛羅がな、実は気にしてるんだ」 「我愛羅が? 何を?」  不意に出た我愛羅の名前に先が読めずに首を傾げるナルトに、シカマルが言う。 「この花には肌を白くする作用があってな、女なんかが化粧水に使ってるんだ」 「化粧? だったら我愛羅には必要ないじゃん」  そう言ったナルトに、テマリがフンとデリカシーのない奴めと鼻息を荒くする。 「我愛羅が砂の守鶴から解放されて不眠からも解放されたんだがな、まだ目の下の隈が消えん。それを 気にしているらしくてな」 「……ああ。それで」 「今サクラに作ってもらってるんだけどな、この花が必要だってんで、二人で捜しに来たんだ」  それを聞いてナルトはがっくりと肩を落とした。  だったらあのとき、サクラちゃんに何作ってるのかって聞いたクリームが、我愛羅のためのもので、 そんでそのクリームを作るための花捜しをしているシカマルとテマリをデートだと思って付けた末に、 赤丸のしょんべん喰らって……。  そう思うと急に自分の体から立ち上る赤丸のおしっこの匂いに悲しくなってくる。 「くせえってばよ」 「さっさと風呂でも入って、その悪臭を消して来い!」  ドンと背中をテマリに押され、地面に両手と膝をついたナルトがため息をつく。 「ああ、ラブラブ大作戦だったのによぉ」 「おまえみたいなドタバタ忍者に恋愛なんてめんどくせぇ面倒みれるわけねぇだろ」  ぽつりと頭上から降ってくるシカマルの言葉が、一トンの重石のようにナルトの後頭部を直撃するの であった。
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