「一楽ラーメン、世界一だってばよの巻」



<後編>
「親父、万楽の優勝、応援してるからな」 「そりゃ、ありがてぇ」  万楽のカウンターで捻りハチマキをした大将が笑顔でうなずく。 「一楽VS万楽。どっちが勝つかな」  客の間からも声が上がる。すでに三日間とも通いつめているような常連さんもいるくらいに、ファン を作りあげた万楽への応援ムードは高い。 「いやいや、勝負なんてのは二の次。皆さんにそう言ってもらえるだけで、わしには最高の賞品でさ」  キラリと光る歯を見せて笑う大将の爽やかさに、客たちの大将を見守る目が和らぐ。 「ヘイ、おまち」  ラーメンをカウンターに出しながら、万楽大将の目が次のラーメンへと移ろうとしてふと一点で止ま る。 「おい、ドンブリが出てねぇぞ」  汗を額からたらしながら働くスタッフに声を掛けた大将に、スープを作っていた一人が言う。 「すいません、おやっさん。それが、ショウの奴が……」  その言葉に大将の目が洗い場に向き、そこに山積みになっているラーメンドンブリに気づいて眉をよ せた。  今回見習いとして連れてきた息子のショウは、真面目いっぽうで怠けるなどということは今まで一度 もない息子だった。将来は父ちゃんと母ちゃんが安心して見守れるようなラーメン屋になると誓ってく れているくらいに。 「あいつめ、腹でも壊してんか?」  ちょっとスマンと言って裏へと回った大将だったが、ふと聞こえてきた言い争う声に足をとめた。 「ちゃんとやって来た?」 「う、うん。でも、やっぱり止めようよ。おじさん、絶対に心配してるよ。それに、お店手伝ってたの、 木の葉の忍の人たちらしいよ。もしばれたら……。」 「それは大丈夫だから。それよりも、ここで止めたらショウくんのお母さんが」 「………」  一方の声は息子のショウだ。だがもう一方の娘の声には聞き覚えがなかった。  それにしても話が見えてこない。ショウの奴は一体なにをしでかしたってんだ?  角を曲がって二人の背後に立った大将は、娘の顔を見てハっと足を止めた。 「アヤメちゃんじゃ………」 「と、とうちゃん……」  大将の声に振り返ったショウの目に、明らかに怯えた色が浮かび上がる。 「ショウ、おまえ一楽の親父さんに何した?」  何かを感じとった大将の顔が、人好きのする穏かさから厳しい父親の顔へと変化する。  ラーメン屋を始めようと思ったときから、諸国のうまいと言われるラーメン屋を食べ歩いて研究した 大将の、一番の目標が一楽の味だった。そしてあの温かな店の空気。  親父さんとアヤメちゃんの二人三脚で、外にあるもう一つの家庭を感じさせてくれる一楽が、なによ りも大好きだった。  息子のショウも何度も一緒に一楽に通ったものだ。そしてアヤメちゃんとも仲良くなっているのは知 っていたが……。 「おじさん、ショウちゃんを怒らないで。言い出したのはわたしなんだから」  アヤメはショウの隣りに立ってその手を握ると、一心に大将の目を見上げた。 「……アヤメちゃん。一体なにを言ってんだい」  すっかり意気消沈して肩を落とすショウの代わりに、アヤメが口を開く。 「おばさんが重い病気だって聞いたんです。すごくお金のかかる手術をしないと助からないって」 「……それは」  大将は口篭って俯いた。  ラーメントライアルへの参加が決まっても、すぐに喜べない時期があった。それは妻の病気が悪化し て一緒に木の葉へ旅することが難しいどころか、すぐにでも手術が必要だと告げられたからだ。  非常な高額な治療であるうえに、治るという確かな保証はないと医者は言う。  そんなときに、どうして里を離れて木の葉になぞ行けるものか。  だがそう思った大将の心を変えたのが、その妻だった。 「風の国の一番になったなんて、誇らしいわ。わたしには、あなたが元気一杯に笑顔でラーメン作って くれている姿が一番のお薬なのよ。あなたがラーメンを作らないで、どうして幸せになれるの? 万楽 はみんなは幸せにするラーメンを目標にしてるんでしょ? だったらまずは、一番側にいるわたしを幸 せにしてくれなくちゃ」  やつれて熱に汗を浮かべた顔であったが、いままでに見たなかで一番の笑顔で微笑まれ、大将はうな ずいたのだった。 「おまえのためにラーメントライアル優勝するからな」  確かに妻の病気が一日でも早く良くなるように、喜んだ顔を見たくて参加したのだ。  だがそのことは、ショウにも店のスタッフにも話してはいない。 「このトライアルで優勝すると賞金が10万両。それだけあれば手術できる。それに商品は火影さまか ら手渡されるんです。木の葉の火影さまは医療スペシャリストって呼ばれてて」  アヤメの話を、手の平をむけて遮った大将がうな垂れたショウに言う。 「ショウ、おまえは一楽の親父さんになにをしたんだ?」  溢れ出す怒りを押し殺した強張った声に、ショウが後退さる。  ショウは一人息子で、体の弱い妻が溺愛した息子だ。だから、べったりのママっ子で、妻が病気で倒 れこむたびに、一時も枕元から離れられなくなるような子どもだった。だからこそ、母親が死にかもし れないという可能性を受け入れられなかったのだろう。  それは分かる。だがそのために自分が貫いてきたラーメンへの思いを、あるいは一楽の親父さんの思 いを踏みにじるような汚い真似をしたのなら、決して許せることではなかった。  ショウがとっさに後ろめたい部分を隠すようにズボンのポケットを押さえる。  それを目ざとく見つけた大将は、怯えて蹲るショウを押さえつけるようにしてポケットの中に丸めら れていた紙をつかみ出す。  クシャクシャに丸まった紙を広げた瞬間、大将の顔が怒りで赤く染まる。  そしてショウは怯えきった様子で紙をもつ手を震わせる父親を見上げて床に尻餅をついたまま震えて いた。 「ショウ、おまえって奴は!」  大将の腕が涙を浮かべて震えるショウの胸倉を掴み上げ、力いっぱいにその頬を張り飛ばしていた。 「おじさん!」  思わずその腕にすがりつくアヤメに、大将は怒りに染まった目を向けた。 「ショウもショウだが、アヤメちゃんもアヤメちゃんだ。どうして、親父さんの側にいながら、親父さ んの思いを分かってやれない! 母親を亡くしたアヤメちゃん一人だけでもおいしいって笑わせたいっ てつけたのが一楽って名前だって、親父さん話してたんだぞ。その気持ちをこんな風に裏切って………」  アヤメははじめて聞く話に目を見開き、掴んでいた大将の腕を放した。 「お父さんが……」 「ああ、そうだ。親父さんがどれだけアヤメちゃんを大切に思っているか。それに、ショウ。おまえは こんなことをしないと、俺が負けるんだって、そう思っているって事を示したんだぞ。そんなにおまえ は父ちゃんを信頼できないのか?! そんなことをしなければ母ちゃんを助けられないほど弱い男だと 思っているのか!」  怒りに赤く染まっていたはずの大将の目に、涙が浮んでいた。  ギュッと血管を浮き上がらせるほどに握られた腕が、ショウを床へと突き飛ばす。  床に叩きつけられて転がったショウの体が、積み上げていたラーメンの玉の入った箱を蹴散らし、散 乱させる。 「………と、父ちゃん………ゴメン、ゴメンなさい」  頭に縮れたラーメンの麺を載せたまま、泣きじゃくるようにしてショウが叫ぶ。  蒼ざめた顔に、背を向けて立ち去ろうとする父親に縋りつく必死な表情が浮ぶ。 「……父ちゃん、ゴメンなさい。許して。母ちゃんを助けたくて。ぼく弱いから、こんなことしか思い 浮かべられなくて……」  顔じゅうを涙と鼻水でいっぱいにしたショウが、床にはいつくばって叫ぶ。  そんなショウを横目で振り返ってみた大将が、搾り出すような声で言う。 「そんなことで貰った金、母ちゃんは本当に喜んでくれるのか? そんな風にして手にした金で、本当 に母ちゃんはよくなるのか?」  床に散らばった小麦粉を握り締め、ショウは体を強張らせて俯いた。 「俺は、このラーメントライアルを辞退する」  小さな声で、だが決して覆らない事実を告げるように、大将が口にする。 「え?」  顔を上げたショウの顔に、絶望の色が浮ぶ。 「その決断、少しまっていただけませんか?」  そこに割り込んだのは、木の葉の額当てを斜めにした忍、カカシだった。 「あんたは?」  不意に現れたカカシに面食らいながら、大将が問う。 「一楽のテウチさんからの伝言です。アヤメが世話になりました。わしはアヤメがいないくらいでラー メンが作れなくなるような軟な男じゃありやせん。ここからは、わしと万楽大将の、ラーメンへの意地 をかけた試合といこうじゃありませんか」  テウチの言葉通りに告げたカカシが、俯いた大将を見つめる。 「この申し出、受けていただけますか?」  ぐっと歯を食いしばり、込み上げてきた思いを飲み込んだ大将は、袖で目尻を拭うと笑った。 「なんてありがてぇ話だ。親父さんの胸かしてもらって勝負できるたぁ、俺も果報もんだ。嬉しくって 涙がでらぁ」  涙を隠すように上向いて笑って見せた大将が、カカシに向って頷く。 「その申し出、喜んで受けさせていただきやす」 「お父さん、ごめんなさい」  カカシに伴われて一楽に戻ったアヤメが、ラーメンを作り続けて背をむけたテウチに言う。  その娘の声を無視するように、テウチは自分の周りで働くサイやナルトに指示を出し、客にラーメン を出し続ける。 「お父さん!」  父の背が無言で訴えかけてくるものに耐え切れなくなったアヤメが声をあげる。  その声に一瞬手を止めたテウチが僅かに顔を回して言う。 「アヤメ、どこで油売ってやがった。見てのとおり、お客さん一杯で忙しいんだ。突っ立てないで、手 伝いな」 「え?」  叱られることを予想していたアヤメは、かえって何も言わないテウチにバツが悪い顔で眉を寄せた。  だが後ろに立っていたカカシに、笑顔でいつもしているエプロンを手渡されて、躊躇いながら受け取 った。 「カカシさん、わたし……」 「お父さんへの謝罪の気持ちは、一生懸命一楽で働いて示せばいい」  カカシに頭を撫でられ、思わず涙が零れそうになったアヤメだったが、俯いて唇をかみ締めると「う ん」と頷く。 「おやっさん、注文お願い!」  客席から声が上がる。 「はーーい、ただいま」  アヤメが反応して元気に声を上げる。  その声に忙しく働いていたサクラも顔を上げ、嬉しそうにアヤメに笑いかける。 「さぁ、がんばって」  カカシはアヤメを促がすと、その背中を見送って影分身を解いて消えた。 ―― 3 2 1 終了!  司会者の声とそこに集まった人々が声をそろえて上げたカウントダウンの声で、ラーメントライアル は幕を閉じた。 「これより本日までの売上の統計をとります!」  各ラーメン店の中へと、審査員たちが走りこんでいく。  店の中から出てきて並んだテウチとアヤメが、隣りの万楽の店の方を見やる。  そこには、深々と頭を下げる大将とショウの姿があった。  それに礼を返したテウチを、アヤメが複雑な顔で見上げていた。  各店から走り出てきた審査員たちが、売り上げたラーメンの杯数を記した紙を手渡していく。  それを笑顔で受け取った司会者だったが、その結果に一瞬目を見開き驚きの表情を作る。 「結果がでました! ですが予想外の事態です。一位は計726杯を提供してくれた――――」  司会者が答えを溜めて辺りを見回す。  結果を待ってシーンと静まり返る群集が、固唾を飲んで司会者を見守る。 「一楽と万楽。同数です!!」  思わぬ結果に静まり返った会場だったが、次の瞬間には割れんばかりの拍手が店頭に立ったテウチと 万楽の大将に向って送られる。 「よ! ご両人。どっちも甲乙つけがたくうまかったぜ!」  威勢のいい声援が送られる。  用意されていた紙ふぶきが舞い散り、歓声の中で踊り舞う。  テウチと万楽の大将へと握手を求める手がいくつも伸ばされていく。  テウチはそんな祝いの声をくれる客たちに頭を下げながら、万楽の大将の元へと歩いていった。  向かい合った大将に、テウチは手を差し出す。そしてその手をじっと見つめた大将は、頭を深く下げ ながらその手を握る。 「ありがとうございました」  その横で、ショウもテウチに頭を下げる。 「坊主。父ちゃんに負けないラーメン職人になれよ」  テウチの言葉に顔を上げたショウは、力強く頷く。そしてそのショウを、大将が片腕でギュッと抱き 寄せる。 「お父さん、ありがとう」  大歓声の中で、アヤメは父の背中に言った。  その声が届いたのかは、テウチにしか分からない。  そんな感動の嵐で幕を閉じたラーメンのトライアルの片隅で、悲劇に見舞われている人間が約二名。 「どうしてこんなことになるんだってばよ」 「それは俺のセリフでしょう!」  多重影分身でゆうにラーメン7杯を完食したナルトだったが、ラーメンに舌鼓をうって影分身を解い た瞬間、おそろしいほどの吐き気に襲われたのであった。 「だから言ったでしょう! 影分身を解いたら、分身の経験値が本人に蓄積されるって。食ったラーメ ンも本人にもどってくるの!」  叫ぶカカシはといえば、見事にナルトが口から吐き出したラーメンを胸にぶっかけられていた。 「カカシ先生………苦しいってばよ……」 「……はぁ」  カカシはため息とともにナルトを背負うと、木の葉病院へと歩き出すのであった。  ぐったりと背中でうな垂れるナルトを見やり、ぼそりと呟く。 「……ある意味、『ナルト死す』だな」  紙吹雪舞う会場に背を向け、カカシとナルトは寂しく歩き去っていくのであった。                                 〈了〉



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