「一楽ラーメン、世界一だってばよの巻」



<前編>
 頃は桜舞う春うらら。  だがまだ木の葉の里中を駆け抜けていく風は、時に冷たい北風だった。 「うぶぅぅぅ。まだまだ寒いってばよ。こんなときは心まであったかくなるらーめんちゃん♪」  任務明けの薄汚れた恰好のままで吹き抜けていく風に首をすくめたのは、金髪に木の葉の額当てを巻 いた少年。名はうずまきナルト。 「ナルト、あんたまたラーメン? 忍たるもの体が資本なんだから、食生活も考えなさい。特にあんた はあったま悪いんだから、体しかないでしょう!」  後ろから歩いてきた少女の声に、ナルトは情けなく顔をしかめる。 「さくらちゃん、それはねぇってばよ」  だが颯爽と胸を張って歩く春野サクラは、ナルトの小言など無視で歩みを進める。 「ナルト。サクラの言うことも一理あるぞ。もっと野菜食べないとダメだぞ」  本を読みながら器用に人波の中を歩いていくのは、片目を額当てで隠したカカシ班隊長、はたけカカ シ。もちろん読んでいるのは愛読書「イチャイチャパラダイス」。  ナルトの横を通り過ぎながら、ポンと頭を叩いていく。  そしてカカシの後に来たカカシ班の新入りサイは、何を言うでもなくじっとナルトを見つめた後、背 負っていたリュックから巻物を取り出し、ススっと筆をすすめて何かを描く。  無言のままに描き出したものをナルトの前に差し出したサイが、描いた絵を指で指し示す。 「題名。ナルトの未来」  そこに描かれていたのは、ラーメンどんぶりを抱えた豚顔、豚体型のナルト。 「な! サイ、この野郎!」 「昨日の夕飯、ミソとんこつラーメン大盛り。一昨日の夕飯、こってり背油チャーシューラーメン。そ の前の晩――」  永遠にでも続きそうなサイの単調な読み上げにナルトが声を上げる。 「サイ! おまえなんで俺の夕飯を全部しってやがる! まさか俺のストーカー」  ザザっと音を立てて後退さるナルトをさらりと無視してサイが行き過ぎる。  そんなナルトをサクラが呼ぶ。 「ナルト、さっさと来なさいよ。カカシ先生が任務明けだからラーメンおごってくれるって」  先を行くサクラの声に、ナルトの顔が途端に光り輝くほどの笑みに変わる。 「いやぁった! カカシ先生大好き〜〜!」  走り出したナルトが後ろからカカシの背中に抱きつく。  その勢いで「イチャパラ」の角で顔をしたたかに打ったカカシがうめき声を上げる。  そしてナルトも同時にうめき声をあげる。  カカシの隣りを歩いていたのは、サイが「鳥獣戯画」で実体化させた豚ナルトだったのだ。 「ぶひぃぃぃんはいらないんだってばよ!」  ナルトのパンチが豚ナルトの顔面にめり込む。  豚ナルトが墨を撒き散らしながら消滅。  賑やかに木の葉の里の中を歩く四人を、日暮れに陽の落ちた通りに並ぶ店から漏れた明かりが温かく 照らす。  そしてナルトたちの前方に赤い提灯の明かりが見え始める。店頭の暖簾からは、見ているだけで温か い気分になる湯気が立ち昇っている。  ラーメンの暖かな匂いが漂ってきていた。 「いっただきま〜〜す」  言うが早く、目の前に出されたラーメンをズズズと豪快にすすり上げるナルト。 「いよいよですね、テウチさん」  カウンターの出されたラーメンを受け取りながらカカシが店主テウチに声をかける。 「いやぁ、恥かかないように精一杯やるだけですよ。字のごとく、一杯一杯心をこめてね」  照れながらも、テウチは職人らしく威勢よく笑う。 「きっと優勝ですよ。だって本当においしいもの。ね?」  同意を求めて隣りのナルトを見やったサクラだったが、大瀑布のごとくに麺を口から下げたナルトに 見上げられて言葉を失う。 「んん?」  口いっぱいに麺を頬張りながら喋ろうとするナルトに、サクラが先に飲み込めと身振りで示す。  それに応じて飲み込んだナルトの喉がゴクリと音を立てる。 「で?」 「で? じゃないの。あんたの体が一番一楽のラーメンで構成されてるんだから、テウチさんを応援し なきゃ」 「応援?」  ナルトは話が見えずに首を傾げる。 「ナルトくんは知らないんですか? ラーメントライアル」  静かにラーメンを啜っていたサイが隣りで言う。 「ラーメントライアル?」 「今年は中忍試験で集まる各里のご自慢ラーメン店が集まってラーメンの祭典を開くことになったんだ。 中忍試験が各里の軍事力のしのぎ合いだとすれば、祭典の中で行われる味のしのぎ合いがラーメントラ イアル。そのラーメントライアルで木の葉の代表店に選ばれたのが、ここ一楽なんだ」  解説してくれるカカシの話を聞きながら、ナルトが想像していたのは、自分を取り囲む各里ご自慢ラ ーメンちゃんたちだった。  ナルトにとっては、師匠自来也とは異なり、美女に囲まれるよりも食べきれないほどのラーメンに囲 まれるほうが遥かに魅力的だった。  想像をめぐらせるナルトの口元からヨダレがこぼれる。 「……ちょっとナルト、ラーメントライアルでは一杯でも多く客に食べてもらえた店が優勝なのよ。間 違っても他店のラーメン食べるなんて許されないわよ」  サクラがナルトの脳内を見抜いて鋭い目つきで言う。 「ははは。そんなに勝負勝負って気張ってたら、せっかくの祭典が台無しだ」  ラーメンを茹でながら気さくに笑うテウチだったが、もちろんサクラの視線が緩むわけではない。 「サクラちゃん、心配するな。俺が愛してるのは一楽のラーメンだ。他になんて目がいくもんか」  頭の中のラーメンちゃんたちに未練たっぷりで言ったナルトだったが、そのナルトにテウチが細めた 目で笑みを送る。 「嬉しいねぇ。ナルト〜!」 「おう、おっちゃん!!」  だがナルトには、テウチの目の奥が実は笑っていないことに気付いていた。  ひやぁ〜〜、絶対他のラーメンなんて食えないってばよぉ。  オドオドと目をそらしたナルトがラーメンのスープをすする。 「ねぇ、そういえばアヤメちゃんはどうしたんですか?」  ラーメンにのるナルトを隣りのナルトのラーメンどんぶりに放り込みながらサクラが言う。第七班に なって初めての自己紹介で嫌いなものは「ナルト」と答えて以来の習慣だ。 「お、そういえば、さっき休憩に出したっきり三十分経ってるっていうのに、帰って来ないなぁ」  笑顔で他の客にラーメンを出してから店の片隅に作られた休憩室へと暖簾をめくって入っていったテ ウチ。  だがそのテウチの悲鳴が上がったのは、その数秒後だった。 「テウチさん?」  いち早くテウチの声に反応したカカシが立ち上がると、休憩室へと入っていく。 「おっちゃん、どうした?」  カカシの後につづいたナルトが声をかける。  そこには、一枚の紙を手に震えているテウチの姿があった。  見守るカカシとナルトに、テウチが両手で持っていた紙を顔の前に開いてみせる。 ―― アヤメ嬢は我らが預かる。 無事に帰してもらいたければ、ラーメントライアルでは優勝するな  血文字かと思わせる赤い文字が並んでいた。 「どうする? カカシ先生」  その場に震えて蹲ったテウチの側に座り込みながら、ナルトが言う。 「ふむ」  腕を組んで考え込んだカカシだったが、すぐに印を組むと手を床に打ち付ける。 「口寄せの術!」 「お、パックン」  モフンと上がった煙の中から現れたのは、愛くるしいパグ犬の忍犬パックンだ。 「テウチさん、ちょっとその脅迫状いいですか?」  うな垂れたまま頷くテウチの手元から脅迫状を受け取ったカカシが、パックンにその紙の匂いを嗅が せる。 「アヤメ嬢の匂いだけだ」  そう言うパックンにカカシが頷く。 「どうしたの?」  暖簾をくぐって現れたサクラとサイに脅迫状を見せて、カカシが三人に指示を出す。 「アヤメちゃんの追跡は俺とパックンでするから、おまえたちはテウチさんを頼む」 「え? 先生一人でいいの?」  脅迫状の文面から顔を上げたサクラが言う。 「ああ。別に忍がらみの事件じゃないから」 「そうなの?」  いやに落ち着いているカカシを訝しげに見るサクラを誤魔化すように眉を上げて見せたカカシは、三 人に告げる。 「ま、おまえたちは明日から始まるラーメントライアルの間の助手でもしててよ」 「助手?」  ナルトが言う。 「そう。アヤメちゃんがいなけりゃ、テウチさん一人で客を切り盛りしなきゃならない。特にナルトは 日頃から世話になってるんだ。恩返しできるでしょう」  隣りでうちひしがれたテウチを見下ろし、ナルトが頷く。 「うん。俺、力いっぱい手伝っちゃうってばよ」 「わたしも」 「…………」  顔を上げたテウチの前で笑顔で言ったサクラに後ろから頭を押され、サイも自動的に頷く。 「じゃ、頼んだから」  カカシはそう言ってその場から消える。 「じゃあ、今からおまえたちはわしの助手だ」  力なくうな垂れていたテウチが、ゆっくりと立ち上がる。  そして温かい視線をくれる三人に微笑みかける。 「じゃあ、今からラーメンの修行だ!」  颯爽と白衣の皺を手で払うテウチを見ながら、三人の顔が笑顔のまま固まる。 「……修行?」  情けない声を上げたナルトに、テウチはさっきまでの落胆ぶりはどこへやらで力をこめた拳を握る。 「ラーメンをなめるんじゃねぇぞ。りっぱな忍になるのと同様、人様にお出しできるだけのラーメンを 作るにも厳しいラーメン道ってもんがあるんでぇ」  その夜、一楽の厨房の電気が消えることはなかった。 「どうも妙だねぇ」  パックンと連れ立って木の葉の正門前まで来たカカシが首を傾げる。 「ここまでずっとアヤメ嬢は一人で歩いて来ている。連れはいない」  パックンが言う。 「これはひょっとするとひょっとするな」  門の外へと続くアヤメの匂いの先を見つめながら、カカシが呟いた。
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