貸本屋


昭和30年代。
本所得レベルから考えて、現在よりも比較的高価であった。
その為購入する人はあまり多くなく、庶民は図書館や貸本屋を利用していたのである。
貸本屋は文字通り本を一定期間有料で貸与する商売であり、現在のレンタルビデオ店と良く似ている。
図書館がない地域や、図書館では扱わない漫画や雑誌なども取り扱っていたので当時は都市部を中心に
かなりの件数が存在し、比較的多くの人に親しまれていた。

昭和33年。
都内の近郊にある小さな町の一角に貸本屋があった。
住宅地の中にある店だったので特別にぎわっている通りには面していないものの、地域住民がよく利用
していた。
この町に住む五十嵐さんの家の奥さん、真紀さんはでは最近貸し本屋の存在を知ったのである。
何しろ当時の主婦というのは今と違って衣食住すべて手作業であり、家事に一日の生活の多くを費やさ
れてしまっていたから、これといった余暇の楽しみができなかったのである。
しかし家庭電化製品の普及によりだんだんと家事が楽になっていくと、少しずつ暇な時間ができるよう
になってきたのである。
ある日、息子が友達から借りたというマンガ本を持って帰ってきた。
家に帰るなりすぐに寝転がって漫画を読み始めた。
(いつもならすぐ外に遊んでいくのに…)と真紀は思った。
たかが漫画といえども、当時はそれほど安価な物ではないので、貸し本屋で借りたものも含め多くは友
達のを回し読みしていた。
息子は漫画が本当に面白いのかずーっと読みふけている。
しかし人間である以上生理現象には勝てず、「おしっこ!」といいながらトイレへ駆けて行った。
(どんな漫画を読んでいるかしら?)と考え、真紀はちゃぶ台のそばにある漫画を開いた。
「!!」
なんとこの漫画は武士が刀で斬られ血が噴出すシーンや、悪漢に銃で撃たれるシーンばかりの漫画であ
る。
今で言うところの【劇画】である。昭和30年代の初めあたりから次々と出版されていた。
しかし、今のような出版倫理規制が特にない時代であったので、内容はかなり過激で、血が噴出すシー
ンや首が転がり落ちるといった残虐で気味悪いシーンも多くあったという。
けれど当時の子供、特に男子には好評で、痛快なハードボイルド漫画やちゃんばら漫画とかは親の目を
盗みながらも手を汗握りながら読んでた物であった。
そういった漫画に免疫がない真紀はすぐに本を投げ捨てた。
その時息子がトイレから出てきた。
戻ってくるなり、
「何よこの本は!血が吹き出たり人が殺される漫画じゃないの!こんな教育に悪い本は読んではいけま
せん!」と取り上げ、「今度のごみの日に捨てます!」と言った。
息子は(見つかっちゃったか…)というバツが悪い表情をしている。しかし【捨てる】と言った時点で、
「この本は友達が貸し本屋で借りてきた本だよ!」と言い出した。
確かに小学校の近くに貸し本屋がある。店の物を捨てるわけには行かないので、仕方なくその本を息子
に返した。そして「これからはこんな本を読んではいけません!」と釘を刺した。

その夜、床に入った真紀は、(貸し本屋か…息子が生まれてから育児や家事で本や雑誌を読む時間もな
くなったからな。掃除機を買ってくれたから家事の時間も短くなったし…少しくらいなら本は読める
か。)
そう思うと、翌日午後、近所にある貸し本屋に足を運んだ。
外観も店内も普通の本屋と大体同じである。ただ予想通りというか、古くて年季が入っている本が多い。
昨日息子が読んでいた分厚い劇画の漫画にいたっては所々傷が入り継ぎ当てをしている物もある。やは
り子供が多く読むうちに痛んでいくのであろう。
反対側の棚には雑誌が置いてある。よく見ると料理雑誌なども結構置いているではないか。
(こう言った雑誌なら当たり外れも少ないし、読んでためになる記事もあるに違いない)と思った。そし
て何冊かをもって店主のところに清算に行った。
「2冊で20円です。期間は一週間です。」
思ったより安かった。これならわざわざ本屋で買わなくても十分だと思った。
今度のボーナスで電気洗濯機を買ってくれるということなので、そうなったらますます家事の負担が減
り、読書の時間も増えるかなと予想してみた。
そして今度は雑誌でのほかにも小説なども借りようかなとも思った。

現在では生活が豊かになり新刊本も気軽に購入するくらいまで安くなったし、より安価な文庫本も多数
発行されている。
しかしリサイクルなどの観点から見ても、図書館よりも気軽に借りることのできる貸し本屋は、環境の
世紀ともいわれる今の時代だからこそ必要ではないであろうか?

                                                                              【完】
                                                              参考資料:夕焼けの詩(小学館)

                                                                             
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