「マッチ箱の店」


 
「おっつかれ〜〜〜!!」
 威勢のいい掛け声とともに缶ビールがプシュといい音を立てて掲げられる。
 場所はコンビニの前。
 店に入ろうとしている客たちは、その異様な集団に目を向けながら、決して目を合せようとはしない。
 それはそうだろう。全員、金髪やピンク、はたまた紫の長髪などが興奮の熱を剥き出しにして騒いで
いるのだから。
「はぁ〜、うめえなぁ。でも、やっぱりみんな注目してくよな、俺たちのこと」
「それはそうでしょう。変な集団だもん。まぁ、だれかれ構わず絡んでいくようなただの不良には見え
ないことを願うけど」
 この集団の唯一の女、ベリーこと鈴野苺がお茶を煽りながら言う。
 彼女が指さしたのは目の前の男、シンこと石田慎一が背負ったギター。
「ま、一般人には音楽やってる金髪も、不良の金髪も同じ秩序を乱す異分子でしょう」
 ビールの缶を傾けながら言うシンに、ベリーが「ほぅ」と馬鹿にした口調で目を細める。
「秩序に異分子ときたか。さすが作詞作曲までこなすクリエイターは、言うことが違いますね」
 からかわれて顔を赤くしたシンだったが、その二つの言葉が頭にこびり付いていた経緯を思い出して、
なおのこと眉を顰めてビールの缶で顔を隠す。
『ねぇ、慎ちゃん、秩序ってどんな意味? エミ、テストで自信満々で答え書いたのに、バツなんだし
〜』
『あ? どれ?』
『なんでバツなの?』
『……って、おまえバカ? こんな意味なわけないだろう。チーズが上手に発酵しておいしくできたよ
という牛小屋のおじさんの暗号って。ほんと、バカだろ!』
『そんなにバカバカ言わなくてもいいじゃん。チーズが上々のできってことだと思ったんだもん! そ
れに、テストの合計点はわたしの方が上なんだし』
『……俺はそれが納得いかねぇ。こんなトロ臭くて日本語もまともに使えないやつに負けるなんて。あ
ー、あと漢字が一問書ければ、おまえに勝てたのに』
『何が書けなかったの? いぶんし……エミ書けるよ。でも意味が分かんないなぁ』
『ちなみにどんな意味だと思う?』
『……え〜〜っと、異なる分子だから……あ、分かった。ケーキにお砂糖入れようと思ったのに、間違
えてお塩入れて、何これ〜、ケーキじゃないじゃん! って感じ』
『って、どんな感じだよ〜!!』 
 交わした会話を思い出し、むかつくやら可笑しいやら、どんな顔をしていいのか分からなくなる。
 おまえがあの子と付き合うなんて、ありえないと言われ続ける彼女の小林絵美。
 マイペース星からきたマイペース星人としか思えないエミとは、一度は別れを決意したのだが、あの
空気感に毒されたのか離れていることが一日ともたなかったシンだった。
 結局、おまえはエミちゃんにメロメロなんじゃんと、バンドのメンバーにからかわれる事件だった。
 むかつくも、可愛く思うも、あいつの存在そのものを表すような感情だよなと思う。かわいいと思う
と同時に、あまりのマイペースに苛つく。でも、そこら辺も含めて愛しい。
 愛しい?
 自分の中の言葉にギョッとして顔を赤くする。
「あ、あんた今頭の中でエミといちゃついてたでしょう」
 ベリーが一人百面相をしていたシンの横顔を眺めながら、おもしろくなさそうに頬をつつく。
「そんなんじゃねぇよ。あいつには、ほとほと手を焼いてるんだから」
「ふ〜〜〜〜〜〜ん」
 意地の悪い目でチラリと見られ、なおさら居心地悪くなってベリーの横から立ち上がる。
 同じバンド内で恋愛は禁止! と勇んでルールをつくった割に、放課後遅くまで一緒にいる時間が長
くなれば、特別な感情も芽生えるというもの。それもハイテンションで暴れまわっていれば、正常な心
理とは程遠いときだってあるのが正直なところ。
 で、そんなときに二人きりになれば、いたずら心も出るのであって。
 夏の熱い部室の中で疲れて寝転がっていたシンに、ベリーがキスしてきたのが一ヶ月前。
 そのあとは、まるで何事もなかったかのようにジュースを買って帰ってきたメンバーと練習して別れ、
それ以来そのことについては触れていないが、何を思っているのかは手の取るように分かる。
 もちろん、嬉しいことは嬉しい。
 ベリーは天使の輪ができるほどキレイな長い髪の美人で、化粧しなくても外人みたいな顔をしている。
話も音楽の趣味も合う。
 学校の中でも、エミが出現するまえは、噂になったこともあった相手だった。
 頭では分かっているのだ。ベリーの方が自分には似合いだし、キレイだし、胸もでかいし、頭もいい。
 それでも心を占める割合でいえば、のほほ〜〜〜んと音を立てながら居座るエミが大半なのだ。シン
の気持ちを円グラフで表せば、半分がエミ。残り半分の中の、三分の二が音楽、残り三分の一が友だち、
将来の夢などなどであって、ベリーが占めるのは時々1%ってな感じなのだ。
「ねぇシン、あんたもうすぐ誕生日でしょう?」
 立ち去りかけたシンに、ベリーが声を掛けてくる。
「え? うん。8月30日」
「プレゼント用意しとくから、期待してて」
「そんなんいいのに。でも、ありがとう」
 言いながら他のバンドメンバーの目が気になる。
 バンド内恋愛禁止とか言いながら、みんなしてベリーが気になっているのだ。
 だから、他の男どもの目が抜け駆けは許さねぇ。ってか、おまえエミちゃんいるだろ? と脅迫紛い
に語り掛けてくる。 
 大丈夫だって、俺は、今のところエミ一筋なんだから。
 誕生日のプレゼントだって、エミのが一番楽しみなんだから。
『慎ちゃん、今度ペットボトルの飲み物飲んだら、フタ捨てないで集めといてね』
 エミが背に何かを隠しながら言っていたのを思い出す。
 エミの部屋でフレンチブルドックのジェンキンスを抱っこしながら聞いた言葉に、「はいはい」と適
当に相槌をうっておいた。
 エミが作っているのは、ミニチュアのライブハウスなのだ。
 見ない振りはしていたが、こっそり作っているのがバレバレだった。
 ミニチュアのドールハウスのように、マッチ箱の中のライブハウスを懸命に廃材を利用して作ってい
るのだ。
 エミの想像の産物のライブハウスは、ちょっと外している気もしたが(なぜかドーナツやジュースが
並んだカウンターがあったのだから)スポットを浴びたギターを抱えた俺がちゃんと立っていて、しか
もその足元に花束を抱えたエミが立っていたのだから、胸が温かくなりすぎて湯気が目から出そうにな
ったくらいだった。
 ペットボトルのフタは、おそらくドラムのバスドラにするつもりなのだろう。
 目の前で、酒が飲めないドラム担当のメンバーが飲むペプシのフタを強奪。
「シンさん、何するんですか。俺全部飲めないんすよ」
 そんな声を背中で聞きながら、シンはベリーに手を差し出す。
「ペットボトルのフタ頂戴」
「……いいけど。何にするの?」
 手に載せられた緑色のフタをポケットにしまい、ニヤリと笑う。
「俺とエミの愛の軌跡ってやつ?」
「は?」
 テレながら口笛吹きつつ言うシンに、ベリーが顔を顰める。
「俺、エミに洗脳されちゃったからさ」
「甘い砂糖漬けの脳みそにされちまいな」
「うん。……だからゴメンね」
 顔色を窺うように言ったシンに、ベリーが鼻を鳴らす。
「色男、自惚れんなよ」
「はい」
 ポケットの中のキャップが、ころころと揺れて手の中で転がる。
 緑と青のフタを、エミはどうやってバスドラに改造するのだろう?
 いつか本物のライブハウスで暴れ回る俺を見せてやろう。
 そしたらあいつ、どうするんだろうな?
 惚れ直す? それとも、ついていけないテンポに引きまくる?
 なんでもいいや。
 エミは俺を捨てたり絶対しないから。
 にやけた顔でビールを飲み干したシンは、缶を勢いよくクズかごに投げ入れる。
 カランといい音を立てて入った缶。
 幸先いいぞ!
 シンはギターを背負って立ち上がると、頭の中でエミに捧げる歌を歌い続けるのであった。







 読了報告

名前:

感想

ヒトコト感想

top


inserted by FC2 system